「白人や黒人のほかにも外国人はいる」。“青目・金髪”のバングラデシュ出身のモデルが二項対立の世界に提示する第三の選択肢

Text: YUUKI HONDA

Photography: Shunsuke Imai unless otherwise stated.

2019.8.23

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「あるものが時間・空間を異にしても同じであり続け、変化がみられないこと。(中略)人間学・心理学で、人が時や場面を越えて一個の人格として存在し、自己を自己として確信する自我の統一をもっていること。自我同一性。主体性」。

これは、日本語辞典の最高峰「大辞林」に載っている“アイデンティティ”の定義だ。これに倣えば、アイデンティティは揺るぎない自意識と言い換えることができる。

それを国や土地への帰属意識の中に確立させる人がいれば、他者との関係性の中に見出す人もいる。あるいはまだアイデンティティを完全に形成できていないという人も多いだろう。

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シャラ・ラジマ

今回話を聞いたSharar Lazima(シャラ・ラジマ 以下、シャラ)は、アイデンティティを特定の地域や国籍、所属に持たないと明言する。また、周りから外見でアイデンティティを特定されないように、褐色の肌に、髪の毛を金に染め、青のコンタクトレンズを着用し、どの人種や国籍にも当てはまらないような匿名性を帯びた容姿を意図的に作っている。

そんな彼女の職業はモデルだ。商品を美しく見せるのはもちろん、ビジュアルで訴えかけ、支持を得なければ生き残っていけない世界に身をおいている。なぜモデルなのか。彼女はこの点についてこう話す。

私みたいな、特定の人種に当てはまらないビジュアルのモデルって日本ではまだ少数だと感じるので、まだ価値がないところに価値を生み出す感覚で、この容姿でどこまで支持を集められるか、自分を実験台にして試している感覚なんです。

彼女がこうした動機でモデルを始めたのは、日本に内在する二項対立の世界に対して、第三の世界の提示するためだった。

アイデンティティを意識した日々

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シャラはバングラデシュで育ち、10歳の時に来日。幼い頃は隣国であるインドの映画や音楽の影響を受けた。そしてその後日本に来てから、東京では様々なジャンルのカルチャーの存在を知り、特に美的感覚の部分で大きく影響を受けてきたという。

特に音楽が好きで、ライブハウスやクラブによく行く彼女だが、ここ数年は同じように漫画にもハマっているとのこと。『くるみ』『悪女』を手掛けた深見じゅんの著作は「純粋な心を取り戻してくれる」ということでお気に入りだ。

このように、一言では言い表せないバックグラウンドを持つシャラ。来日当初を振り返ってもらうと、日本とバングラデシュ、どちらかに寄せられて理解されようとすることに違和感を覚えていたと話してくれた。

「バングラデシュと日本はどっちが好きなの?」とか。でも私はどちらも好きと言うには知らな過ぎるからなんとも言えなくて。それにシャラという一個人として接してほしかったから。

そうした事情もあり、自分のアイデンティティを否が応でも考えざるをえなかったという。

しかし、アイデンティティを形作るための依り代になりうる国家への帰属意識を持つことができなかったシャラは、次第にそれを自分という個の中に見出していく。

自分なりの基準を模索した日々

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10歳で来日し小学校に入学したシャラだが、周囲に自分と同じ外見や文化的背景を持つ人がいなかったため、あらゆる物事に対しての基準を自分で作らなければいけなかったという。

例えば“かわいい”の基準が分からなかった。「目が大きいのいいね、二重いいね」って言われても、それが何でいいのかもわからなかったし、肌の色が茶色だと可愛くないのかもわからなかった。だから自分の中で自分なりの基準を作っていきました。

それまでの人生と全く違う文化圏に飛び込むことは、想像もつかない出来事の連続を過ごすということだ。言ってしまえば毎日がハイライト。よほど柔軟に対応するか、受け入れる心の容量がなければとても耐えきれそうにない。

しかし、「これから異国に行くのだ」という自分と同じ者がいない場所に行く意識が十分にあったため、日本に来る心構えは事前にできていたという。加えて「気になったらどこでも行って体験する」という好奇心旺盛な性格が幸いしたのか、3ヶ月で日本語を理解できるようになり、半年後にはすっかり日本語を話せるようになっていた。

そうして順調に日本へ馴染み、思春期を謳歌していた10代も後半に差し掛かる頃に転機が訪れた。きっかけは、ふいに湧き上がってきた疑問の種だった。

人生を歩き始めた17歳の日

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私、自我の芽生えが17歳だったんです。それまでは好奇心の赴くままに行動していたんですけど、「今しているこの行動は自分自信が楽しいと感じているのか?それとも世間的に楽しいこととされているから楽しいのか?」とふいに自問した時に、それは自分の楽しいことではなくて、世間で楽しいとされていることだったから、仮の楽しいにすぎなかったということに気づいたんです。同時に「やりたいことは? 好きなことは?」って考えても、「全然わかんない…」って。そのときに自分が自分の人生といかに関係していなかったのかが分かって。自分自身が自分と関係して生きるには、主体的にならなければならないとこのとき自覚したんです。

こうして自我が芽生えたこの一連の流れを、シャラは“楽しいクライシス”と呼んでいる。自分の人生を歩き始めた17歳のある日を境に、彼女は自覚的に生きるようになった。

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毎日何かが起こっては忘れ去られていく今は、日々を無為に過ごしてしまいがちだ。それを17歳で自覚したシャラは、以来、持ち前の好奇心をさらに発揮して本心から行きたいと思ったところにはなるべく行くようにしているという。

それまでなんとなく消費的に過ごしていた毎日を改め、自分に起きた出来事を受け止め、咀嚼し、飲み込んで、消化して、自分のものにするという「非消費的」な生き方をし始めたそうだ。そういう生き方をすることで、自分のアイデンティティを確立し始めた。

そんな彼女の前に再び転機が訪れる。何気ない一言から、モデルという仕事につながる出来事が起こった。

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二項対立の世界にあって

「ねえシャラ、モデルやってみない?」

シャラのInstagramを見た友人が何気なしに誘ったこの一言で、彼女は雑誌の1ページをほか数人と飾った。

この撮影の経験を通して私は、ファッションの最先端の部分でも外国人のカテゴリーはまだ、白か黒かという二択である認識がまだ大きいと感じました。白人でも黒人でもなく、肌の色は褐色で、出身もアメリカや欧州でもない南アジアという第三の選択肢から来ている私がモデルをこの国でやることは意味があることかもしれないと感じました。

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こういう見た目のモデルは他にいないから、このビジュアルでどこまで行けるか実験的に挑戦してるんです。私が今しているようなビジュアルが、多くの人に受け入れてもらえることがあれば、日本の容姿や美の価値基準の変化のきっかけになるかもしれないし、二項対立の世界にAでもBでもなくCという、第三の選択肢を提示できるかもしれないから。

このような考え方を言葉ではなく、まずは非言語的な表現によって伝えるため、ビジュアルが全面に押し出るモデルという立場から第三の選択肢を提示したいと考えて、彼女はこの職業に就いた。そこにはある種のアンチテーゼが込められているが、シャラはあくまで選択肢を提示したいと考えているだけで、彼女のような容姿と第三の世界の価値観を押し付けたいとは思っていないという。

彼女が目指すのは考えてもらうためのきっかけだ。「『いろんな人がいるよね』って状態が普通になるようにしたいだけ」とシャラは話す。彼女が伝えようとしていることを、様々な人が多様なやり方で表現しているが、その中で彼女は考えを自分の容姿に詰め込んだり、言葉で伝えたりする方法で表現するのだという。

しかしそのやり方がどれほど難しいかを自覚しているからこそ、これまで実際に体験して得た知見を活かせるライターなども視野に入れて、自分の活動を拡大していこうと考えているという。

彼女はその経緯について、こう話している。

元々「自分の売り物はなんだろう?」と考えたときに、私が持っている視点や概念だなと思いました。それを表現する方法として、今現在は文章というツールに落とし込んで伝えるやり方が自分に一番合っていると感じています。しかし、ただ文章を書いていたとしても私の文章や考えが多くの人に伝わるのはとても難しい。他にどんな方法だったら伝わるだろうと悩んだ時に、表現する方法としてビジュアルを使うことを思いつきました。容姿に考えを詰め込むというのはオリジナリティがあると思ったんです。なおかつ伝えたい内容を考えた時に、文章を書くとともに私自身の外側を見せた方が説得力が増すのではないかと考えました。

引用と自意識の境界線

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シャラが17歳で自分の人生を歩き始めたことは先に書いたが、彼女はそのとき同時に、自己意識を持つことの大切さを意識したという。

好きなものは何か。苦手なものは何か。ある問題に対して何をどう思うか。そんなふうにして、常に考えることを止めず、自分の意見を持つことにした。そこに引用はない。あくまで自分の中から生まれた考えを持つことが、シャラにとって大切なのだ。

何事に対しても情報に頼る前に、まず自分で考えて、経験して、自分なりの意見や基準を作るんです。カルチャーも一緒。名盤に触れる前に自分なりの感覚の土台を持っておかないと、「これは名盤だからいい曲に聴こえるんじゃないか?」と私は思ってしまう。先立つ情報によって先入観を持つことが怖いのかな。先に情報を入れてしまうと、どこからどこまでが自分が純粋に感じたことで、どこからが引用なのかわからなくなってしまう。自分自身の意見や感覚を失ってしまうほど怖いことはない。

「自分が感じたことや出会った人々、経験をしっかり考えて自分のものにしていかないと、前に進めない」という日々を過ごしてきた経験が、自意識の形成に一役買っているのだ。

今の若い世代ってインターネットネイティブだから引用が上手いですよね。知ってなくても知ってるフリができちゃう。でもそれじゃ自分の意思が分からなくなる。私はその引用と自分の意見の境界線が曖昧になるのが嫌だったから、無意識かつ直感的にこういう生き方をしているんだと思います。主体的に生きていないと、自分の人生であるのかわからなくなってしまいますよね。

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毎日に流されないように、彼女は時々で立ち止まり、考えにふける。

日々何かが起きては過ぎ去っていく歩みの速い現代において、その思考の海に飛び込む行為こそが、シャラ・ラジマをシャラ・ラジマたらしめる、アイデンティティの核なのだと思う。

Sharar Lazima(シャラ・ラジマ)

Instagram

2019年3月に大学を卒業し、現在はモデル事務所アマゾーヌに所属しモデルとして活動中。バングラデシュ出身、東京育ち。アーティストのAAAMYYYが7月に発売した作品集『ANATOMY/解剖書』には、文章で参加している。

彼女が自身のアイデンティティについて綴った投稿はこちら

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