環境問題に特化した「WORDS Gallery」の創設者が考える“消費しないアート”

Text: Fumika Ogura

Photography: Yuki Hori unless otherwise stated.

2021.9.10

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 「気候危機」や「生物多様性」など、環境問題をコンセプトに掲げたオンラインギャラリー「WORDS Gallery(ワーズギャラリー)」が、今年の6月より始動した。立ち上げたのは、これまで音楽業界に身を置いていた吉本翔(よしもと しょう)。大学卒業後、大手音楽レーベルに入社し、その後自身で音楽レーベル「WORDS Recorings(ワーズレコーディングス)」を立ち上げた彼が「アート」と「環境問題」という両極端なものを組み合わせ、ギャラリーをオープンしたのには、どういった意図があるのか。彼がこれまで歩んできた道筋を辿りながら、話を聞いた。

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吉本翔

好きなことを突き進めると、本当にやりたいことが見えてくる

 学生の頃から大の音楽好きで、将来は音楽、映画、アートや小説などを扱うレーベルを立ち上げたいと、友人とよく話していたという吉本。大学卒業後は、見事に大手音楽レーベルへ入社をし、日本の音楽を海外の市場へリリースする部署で、5年ほど働いていた。

「自分が入社した頃は、ちょうど音楽配信が出てきたときで、CDの売上が下がり始めた時代でした。いわゆる90年代からの音楽バブルがはじけてしまったときで、社員の人数も大幅にカット。音楽業界の厳しい部分を味わいましたね。5年働いて一通りのことは学んだので、そのタイミングで会社を辞めました」

 その後、音楽業界とはあまり関係のないIT系の企業に入社。その仕事の傍ら、音楽レーベル時代の先輩が声をかけてくれたのをきっかけに、ロックバンドtricot(トリコ)のマネジメントとレーベル業もスタートする。手伝いをし始めた当初は、働いていた会社には黙って仕事を両立していた。

「副業というよりも、ライフワークでした。お金を稼ぐためにやるのではなくて、好きだからやる。ただ、年間100本くらいライブがあるバンドだったので、黙って働き続けるのも難しくなってきて、勤めていた会社の社長に正直に相談しました。そしたら、『おもしろいじゃん!けど、両立して、やることはきちんとやってくれ』と、理解してくれたんです」

 当時では珍しい“働くカタチ”。企業として人を縛るのではなく可能性を広げることは、会社にとっても働く人間にとっても、新たな視点が生まれるきっかけとなる。そんな働き方を認めてくれた会社に身を置きながら、自身の好きなことも突き詰め続けていた吉本。4年ほど先輩のもとで手伝い、今度は自身のレーベルを立ち上げようと決心をする。

「ずっと自分のやりたいことを仕事にしたい気持ちがありました。これまでは誰かのもとで働くことがほとんどで、自分の好きなこととはいえ、やりたいことを100%やれるわけではなかったですし。挑戦してみたいと思って『WORDS Recordings』を立ち上げました」

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 自身のレーベルである「WORDS Recordings」を立ち上げたのをきっかけに、勤めていた会社も退職。さまざまな縁が重なり、吉本が20代の頃から大好きで、もともと交流のあったインストバンドRega(レガ)のマネジメントとレーベル業をスタート。その他にも、これまで仕事で繋がりがあった台湾のELEPHANT GYM(エレファントジム)や香港のtfvsjs(ティーエフブイエスジェイエス)などのバンドも同レーベル内で展開するようになる。

「Regaのベースの青木昭信(あおき あきのぶ)が絵描きとして活動していたこともありアートに触れるようになったんですが、そのタイミングで以前からバンドのグッズ制作をお願いしていた会社が原宿にギャラリーをオープンすることになって、立ち上げを手伝うことになりました。「WORDS Recordings」をスタートさせたばかりで、それだけで仕事をするのは難しいなと考えていたのでいい機会でしたね」

 原宿のギャラリーの軸は、“音楽”。ミュージシャンのグッズを作っている会社ということもあり、アルバムのジャケットを手がけるデザイナーやイラストレーター、フォトグラファーの展示が主で、吉本もそれを基準にアーティストをキュレーションし、展示を行っていた。レーベル運営とギャラリー運営の二軸で活動を続けながらも、いまだに猛威を奮う新型コロナウイルス感染症が、吉本の仕事にダメージを及ぼす。

「所属している台湾のバンド、ELEPHANT GYMが去年のフジロックに出演予定でした。自分のなかで目標の一つだったので、キャンセルとなってしまったのはとても悔しかったですね。ギャラリーの方も全然展示ができない状況で、改めて自分のやりたいことやできることを見つめ直してみたんです」

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アートは消費するものではない。何かを感じ取ることを忘れてはいけない

 そんな自分と向き合い、吉本がたどり着いた答えは“環境問題”をコンセプトにしたオンラインギャラリーを開くことだった。幼少期に宮崎に住んでいた彼は、自然に囲まれた環境で育つ。その後千葉へ移り住むも、自分のなかには幼少期の体験があり、“自然と共存し、生きていくこと”は、身体に刷り込まれていた。これまでも、eco検定を受けたり、会社員時代には自発的に会社の環境活動を行ったり。常に環境と向き合い、自分にできることをやっていくのは、吉本にとって当たり前のことだった。

「これまで音楽やアートにたくさん触れてきましたが、自分の思想や社会問題を作品で表現しているものが好きでした。そういうものからインスピレーションを受けて、ただ作品を飾るだけではなくて、コンセプトを持って、ギャラリーとしてしっかりと作品を見せていきたいし、伝えていくべきだと思ったんです。今後、さらに大事になってくる環境問題を掲げることで、アートに興味のある人、環境問題に興味のある人、それぞれのフックになって、新たな考えを生み出す第一歩になれたらなと思って」

 アートバブルとも言われる昨今。とくにストリート系の作家の市場が盛り上がっており、資産家を中心に高額な値段で売買されている。また、美術展などではインスタ映えなのか、スポットごとに何枚も写真が撮られ、同じような写真がポストされていく。一概には言えないが、“アートを買うこと”や“美術展に行ったこと”ばかりが切り取られ、どうしてその作品を買ったのか、その作品にはどんな意味があるのか、などの本質的なものから少し遠ざかっている気がする。もちろん、お金を払って作品を買うことや楽しむことは、一つのメッセージではある。ただ、スマートフォンから流れてくる情報をスワイプするように、私たちはアートを消費してしまってはいないだろうか。

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全ては、矛盾していることを受け入れることから始まる

「今年の6月からオンラインギャラリーをスタートさせました。オンラインでスタートしたのは、海外の人を含め、より多くの人に見てもらえるから。コロナとはまだ長い闘いになりそうですしね。オープンしてから2回ほど(オンライン)展示を開催しました」

 吉本が展示ごとにテーマを決め、アーティストにコンタクトを取る。それぞれに、テーマに沿った環境問題の資料を渡し、それを読んだアーティストがその問題に対して感じたことを作品に落とし込んでいく。#01のアーティストは吉本が兼ねてから親交のあったMOTAS、町田ヒロチカ、小磯竜也、SUGIがそれぞれペインティングで“気候危機”を表現し、#02はコラージュを表現手法の一つとして取り入れている長尾洋、スズキエイミ、KURiO、花梨が“生物多様性”をテーマに作品を発表した。

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MOTAS. / Untitled (2021)

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長尾洋 / Pesticides Impact (2021)

「環境問題とアート、どちらを主軸に置くか考えたとき、あくまでもここではアートをやろうと思いました。環境問題を利用しているって思う人もいるかもしれません。けど、環境問題を入り口としてそこから作品を読みとるときに、アートがベースになっているという流れを作りたかったんです。なので、自分がアーティストを選ぶ基準も、作品が素敵だなと思う人にオファーをしていて、それぞれが環境問題に対して知識に長けている方ではありません。アーティストのなかには、環境問題の真偽に対して、疑問を持っている人もいました。偏りすぎた考えだと難しいかなと思いますが、そういう視点があってもいいかなと思ったんです」

 何か問題について考えるとき、必ずしもみんなが同じ答えを持っているわけではない。それぞれの置かれている状況や立場によっても、環境問題に対してできることや思うことは変わってくる。ただ、少なからず私たち人間が、地球に対して負担をかけていることは確かだ。環境問題に対して、全てを完璧に行わなければいけないわけではない。まずは、今地球がどれだけの負担を抱えているのか、想像をし、思考することが大事なのだ。

「アートと環境問題ってある意味、両極端にもなり得るものですよね。なので、常に矛盾は抱えています。けど、結局その矛盾を解決していくためには、自分の物差しでできることをしていくべきだと思いました。環境問題って、結局は人間が起こしているものだから、突き詰めていくと人間が不要になると思うんです。けど、それって現実的ではないし、根本的な解決とはならないじゃないですか。だから今、起きている環境問題に対して、こうしてギャラリーとして、アートを通して掲示していくことで、アーティストはもちろんのこと、アートに触れた人たちそれぞれが感受性や想像力を育んで、環境問題について自分には何ができるかを、考えるきっかけにできたらなと思いました」

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 9月11日より、これまでの作品とともに、初公開となる海洋汚染をテーマにした#03の作品を鎌倉のギャラリー「John」で展示する。#01と#02も含め全作品が、オンライン以外では初の公開となる。

「オンラインギャラリーといえど、作品は生ものなので直接見てもらいたいですね。音楽のライブと同じような感覚で、生で感じることの魅力があるので。アートや環境問題って、少し敷居の高いものに思われることが多いと思うんですが、こうして活動を続けることで、作品や問題に対して何かを感じ取ることをもっとフラットにしていけたらいいなと思います。これからはさらに多くの人たちに届けることを目標に、日本に限らず海外の人たちにも広めていきたいですね」

 まだまだスタート地点に立ったばかりの「WORDS Gallery」。今後は、もっとアーティストの言葉を伝えていける場も作っていきたいと話す。また、環境問題に限らず、ゆくゆくはジェンダーや人種をテーマにした社会問題などにもフューチャーした作品を展示していきたいそうだ。自分のなかに新たな引き出しを作ってくれる「WORDS Gallery」の今後の展望が楽しみだ。

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吉本翔(よしもと しょう)

大学卒業後、大手音楽レーベルに入社。その後、IT企業に身を置きながら、バンドtricotのマネジメントやレーベル業を手伝う。2016年に独立し、自身のレーベルである「WORDS Recordings」を立ち上げ、2021年6月より、オンラインギャラリー「WORDS Gallery」をスタートする。

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WORDS Gallery Exhibition「#010203」(オフライン展示会)

WORDS Galleryのオフラインにおける展示会「#010203」が、鎌倉のギャラリー・Johnにて、9/11〜20に開催されることが決定しました。展示される作品は、気候危機をテーマにした#01 “Climate Crisis”、生物多様性をテーマにした#02 “Biodiversity”、そして、本展にて先立って初公開となる海洋汚染をテーマにした#03 “Plastic Ocean”からとなっています。また、#01と#02も含め全作品が、オンライン以外では初の展示公開となっております。

参加アーティストは台湾や香港からを含む、全12アーティスト。

■#01 “Climate Crisis” – MOTAS. / 町田ヒロチカ / 小磯竜也 / SUGI
■#02 “Biodiversity” – 長尾洋 / スズキエイミ / KURiO / 花梨
■#03 “Plastic Ocean” – 鷲尾友公 / 松原光 / Don Mak (Hong Kong) / Chou Yi (Taiwan)
<会期>
2021年9月11日(土)〜9月20日(月祝)
11:00〜19:00 水曜日休廊(9月15日)

<場所>
-Gallery- John
神奈川県鎌倉市材木座1-6-22
TEL : 080-5389-5005
https://gallery-john.jp/

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WORDS Gallery

WORDS Galleryは、社会問題(当面は環境問題)をコンセプトにした作品を、オンラインギャラリー起点にて発表。アートから現実を想像し享受することのできる、鋭敏な感受性を与えることを目指します。
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