「お茶しよ」ってコーヒー飲んでない?85年間続く、宮城の茶屋・三代目に聞いた“忘れ去れし”お茶の魅力|EVERY DENIM山脇の「心を満たす47都道府県の旅」 #005

Text: YOHEI YAMAWAKI

Photography: ERU AKAZAWA

2018.8.20

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こんにちは!EVERY DENIMの山脇です。EVERY DENIMは僕と実の弟2人で立ち上げたデニムブランドで、2年半店舗を持たず全国各地でイベント販売を重ねてきました。 2018年4月からは同じく「Be inspired!」で連載を持つ赤澤 えるさんとともに、毎月キャンピングカーで日本中を旅しながらデニムを届け、衣食住にまつわるたくさんの生産者さんに出会い、仕事や生き方に対する想いを聞いています。

本連載ではそんな旅の中で出会う「心を満たす生産や消費のあり方」を地域で実践している人々を紹介していきます。

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▶︎山脇 耀平インタビュー記事はこちら

今回紹介したいのは、矢部 亨(やべ とおる)さん。宮城県塩竈市(しおがまし)で、日本茶や急須の魅力を伝えながら販売している「矢部園茶舗(やべえんちゃほ)」を3代目として営んでいます。情熱を持って仕事に取り組む彼に、日本茶の奥深さや塩竈のことを伺いました。

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矢部 亨さん

日本茶を語る上で欠かせない急須

「良い急須は立つんです」。インタビューが始まって早々、矢部さんはそう口にした。急須の取っ手部分を地面と垂直に立たせた時、倒れずに立つのが良い急須の証拠であるという。作り手の個性によって一つひとつ形が違うとされる急須は、矢部さん曰く「日本茶を語る上で欠かせない存在」である。

日本茶をいれる道具である急須は、ヨーロッパのどんな有名な陶芸家にも作れないと言われている。それはなぜか。ヒントは網の部分にあります。

急須の作り方は簡単に言うと、粘土を形づくり、素焼きし、表面を塗装する工程からなるのですが、急須の内側にある、茶葉をこす網部分は、素焼き前の粘土に穴を開けることで作るんです。

実はこの穴が、素焼きによって2割ほど縮んでしまう。なので、あらかじめ縮みを計算した上で穴を開ける必要がある。この技術は実に難しく、熟練した職人でないと作れないと言われている所以です。

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「手が覚えている」という言葉にあるように、1gも違わずに想定の分量だけ粘土を持ち上げられる職人の手。彼らの技能を駆使して作られる急須にはさらに、日本茶を美味しくする上での化学的な裏付けもあるという。

急須の色といえばよく黒を想像すると思うのですが、実は焼く前の色は赤。黒くなっているのは、”還元焼き”という酸素を締め出した状態で焼いているからなんです。この焼き方は、釜を痛める代わりに急須の粘土を酸化鉄にしてくれる。

酸化鉄は日本茶に含まれるタンニンと化学反応することで、まろやかな味わいにしてくれるという効果があり、すなわち黒い急須というのは非常に理にかなった姿なんですね。

誇りを持って一流に認められること

インタビュー中、お店にあるさまざまな種類の日本茶をいれてくれた矢部さん。なぜ美味しいのか説明とともにいただくお茶は本当に絶品だった。

2月4日の立春から数えて88日目、5月2日が「八十八夜」。その前後から茶葉の収穫をはじめます。茶の樹の新芽が萌芽してから一定の期間で新芽を見極め、1芯2葉(新芽の茎の先端部分に2枚の葉がついている状態)を手摘みするのが一番美味しい葉の摘み方。茶の新芽は摘んだ瞬間から酸化(発酵)がはじまるので、丁寧に取り扱うのが鉄則です。

摘んだ後は、生葉を速やかに高温のスチームで蒸して発酵を止めます。そして形を整えながら段階的に乾燥をさせていき、旨みと香りを引き出していく。このように、茶農家が渾身の栽培をほどこした珠玉の茶葉を紡いで、最上の状態に仕上げていくことが、僕ら茶匠として茶農家への恩義なんです。

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お茶の面白さや奥深さを軽やかに話し続ける彼のルーツは、祖父が茶農家を始めた静岡。

矢部園の創業は、矢部さんの祖父の代にあたる。静岡の相良(さがら)という町の畑でお茶づくりをしていた彼は、訳あって宮城県塩竈にたどり着いた。そこで6畳間の軒下を借り、自分が作ったお茶の行商をスタートさせたのが矢部園の始まり。昭和9年の創業から現在まで85年間、親子3代にわたって美味しいお茶づくりと、そのお茶を人々の元に届け続けてきた。

僕も学生時代はアルバイトとして家業を手伝っていたものの、正直その頃は「日本茶なんてどれも同じじゃない?」なんて思っていた。でもやっぱり、農家だった爺さんの背中はずっと見てたんだろうな。結局継ぐことになって、しかも爺さんがよく口にしていた言葉をいつしか自分も話してるんです。

大学卒業後一度は就職したものの、家業とともに祖父や父の想いを継いでいくことになった矢部さん。日本茶の魅力を届けるという仕事について、関わる人たちのことも自分ごととして考えている。

僕はお客さんにお茶をおいれするときに、農家さんの背中が見えるくらい言葉を使って説明する。なぜこのお茶が美味しいのか。どんな工夫がされていて、誰が作っているのか。 それをきちっと伝えた上で、お客さんに喜んでもらって、喜んでもらえたということを、農家さんにも伝えに行く。生産者と消費者どちらか片方でなく、両方が満足できるように。 生産者が疲弊してしまって、作り手がいなくなってもだめ。消費者が日本茶にこだわらなくなって、良いお茶が求められなくなってもだめ。両方、大切なんです。

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矢部園のお茶は、JR東日本の寝台列車「トランスイート四季島」に採用されている。様々な旅程の中でシーン別に振る舞われるお茶として矢部園のお茶が飲めるのだ。四季島といえば、超一流シェフが腕を振るう高級列車。味覚に優れた日本人が誇りを持って提供する食事とともに矢部園のお茶が振舞われているという事実は、生産者の人たちにとっても同じく誇れることだろう。そういうふうに、日本茶の美味しさ・魅力を伝え、一流に認められる努力をすること。それが自分の仕事だと、矢部さんは語ってくれた。

生産農家の目標になる夢をつくるのが僕の仕事。四季島での採用が決まった時は、正直涙が止まりませんでした。そしてすぐ生産者さんに電話したんです。「俺たちの努力が認められたぞ」って。

美味しいお茶をつくるだけじゃなくて、ナンバーワンのところに認められないといけない。矢部さんからはそんな気概が感じられる。生産農家の確かな技術を持って、地方にいながらにして挑戦を続けている彼の目標は、四季島で矢部園のお茶を飲んでくれたお客さんが「来てよかった」と思い、塩竈のお店にも足を運んでもらうこと。

「お茶しよ」ってコーヒー飲んでない?

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日本茶の美味しさをきちんと伝えるためには、お茶そのものにとどまらず、いれ方や出し方も大切にする必要があるという矢部さん。塩竈にある矢部園というお店が何よりのメディアとなって、矢部さんの暖かい人柄とともに、日本茶を魅力的に発信している。

そんな矢部さんが考える日本茶の課題とこれからの展望とは何なのだろう。

みんながお茶に期待をしていない。それがまず悲しいことです。「お茶で良いや」とか「とりあえずお茶」とか、お茶に対して使われるのはそういった言葉がほとんど。飲食店や休憩所にいけば無料で飲めますし、とにかく、みんながお茶をそんなもんだと考えている。

生産農家さんが人生を賭けてお茶を作っていることを、僕は知っている。そのお茶の新鮮で希少な部位のみを使い、最も美味しくお茶が摘まれていることを、僕は知っている。そして何より僕自身が誰よりも誇りを持ってお茶を届けている。

「ぜひお茶をお願いしたい」って言ってもらえるように、「ちょっとお茶しよ」って言ってコーヒーが飲まれないように、ただお茶を売るんじゃなくて、魅力を伝える。そんな生き方を僕はこれからもしていきたいです。

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正直な話、日本茶の生産量も消費量も減っている。インタビューの中で出た話は、決して明るいものだけではなかった。矢部園がある宮城県塩竈市は、東日本大震災で被害を受けた地域でもある。

しんみりした話を聞く中で、泣きそうになりながら、それでも最後に笑えたのは、紛れもなく矢部さんの人柄があったからだ。明るくエンタテイナーで、お茶を飲む人を楽しませようとするその姿勢に、僕と同じく誰もが惹かれているのだろう。間違いなく一番前を向いていたのは矢部さんだった。

 グリーンて、Peace(ピース、平和)の色だよね

文字起こしなんて必要なく、心に突き刺さっていたこの言葉。日本茶を愛することを通じて人を愛する。確かな覚悟を持った矢部さんの生き様は、今の僕にとって学ぶことが多すぎた。

矢部 亨 / Toru Yabe

株式会社矢部園茶舗代表取締役社長。1968年生まれ。塩釜市立第三小学校卒業。その後、東北学院中・高を経て東北学院大学経済学部へ進学。大学卒業後はイトーヨーカドーに就職。95年より株式会社矢部園茶舗に入社。現在は同社代表に就任し、美味しいお茶とその文化を地域に伝えている。お茶に関する資格試験「茶匠」取得。

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山脇 耀平 / Yohei Yamawaki

TwitterInstagram

1992年生まれ。大学在学中の2014年、実の弟とともに「EVERY DENIM」を立ち上げ。
オリジナルデニムの販売やスタディツアーを中心に、
生産者と消費者がともに幸せになる持続可能なものづくりの在り方を模索している。
繊維産地の課題解決に特化した人材育成学校「産地の学校」運営。
2018年4月より「Be inspired!」で連載開始。
クラウドファンディングで購入したキャンピングカー「えぶり号」に乗り
全国47都道府県を巡る旅を実践中。

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キャンピングカーで巡る47都道府県の旅のスケジュール

第5回:2018年9月7日(金)〜9月12日(水)

行き先:青森・岩手・秋田

現地でのイベント情報は随時更新していきます!詳しくはTwitterをご覧ください。

▶︎これまでのEVERY DENIM山脇の「心を満たす47都道府県の旅」

#004 「何よりこれが一番自然な選択だった」。東京からUターン、宮崎で藍染師への道を歩む男の目指す場所

#003 「暮らしの延長に存在する仕事」を生み出す。“グルテンフリーの麺”で地域に貢献する29歳の男の思想

#002 「次世代に温泉を残すため」。1000ヶ所以上の温泉を巡った28歳の若女将が、“業界の問題”と闘う理由

#001 大阪生まれ、ヒップホップ育ち。ジモコロ編集長が「自分のため」に“誰かの地元”を愛情持って全国に届ける理由

※こちらはBe inspired!に掲載された記事です。2018年10月1日にBe inspired!はリニューアルし、NEUTになりました。

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