読書は、家もお金もない過酷な生活を少しだけ生きやすくしてくれる。ポートランドの「チャリンコ図書館」が届ける心の支え

Text: Rika Higashi

2017.2.20

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図書館は、無料で本を借りられる読書好きにとってはありがたい施設。ただ「図書カード」を作るには、住所の証明が必要だ。つまり、住所がないホームレスは図書館で本が借りられないのだ。

「でも、ホームレスは、そんな読書になんか興味ないでしょ?」いやいや、そんなことはない。ホームレスの元まで自転車で本を運ぶ、ポートランドの移動式図書館「ストリートブックス」を待つ人たちを見て欲しい。

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Photo by Jodi Darby

ホームレスには、敷居の高い図書館

ポートランドは、本好きが多い街。アメリカン・ライブラリー・アソシエーションサイトによると、ポートランドのマルトノマ群立図書館の貸し出し数は、ニューヨーク公共図書館に次いで全国2位。住民数を考えれば、全国で最も図書館好きが多い地区と言っても、過言ではないのかもしれない。

そんなポートランドには、「アウトサイダーのため」の移動式図書館「ストリートブックス」が存在する。これは、住所不定のホームレスのために、本を自転車で運び、貸し出すというサービスだ。

ホームレスだって、図書館に行けば、無料で本を借りられると思うかもしれない。ところが、図書館を利用するためには、身分証明書と住所を登録する必要がある。ホームレスの多くは、住所がなかったり、IDを盗まれ紛失していたりして、登録すらできないのだ。

また、館内で本を読むにしても、やはり人の目が気になり、足遠くなってしまうという。そんな通常の図書館よりも、ぐっと身近に本と触れ合えるのが「ストリート・ブックス」なのだ。

自転車で図書を運ぶ「ストリート・ブックス」

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Photo by Jodi Darby

ローラ・モールトン(Laura Moulton)さんが、非営利団体「ストリート・ブックス」を創立したのは、2011年の6月。当初は、3ヶ月だけのサマー・アート・プロジェクトとして開始したが、反響の大きさに励まされ、今年で7年目を迎える。

毎年6月から10月頃までは、週に5日、50冊ほどの本を積み込んだ2台の自転車で、ホームレスコミュニティや食事を提供する施設を日替わりで巡回する。昔ながらの図書カードにサインすれば、誰でも無料でこの移動式図書館を利用できる。

今期からは、夏以外の時期にも外での活動を開始。月に一度、橋のたもとや広場で、本を無料配布している。今回、ポートランドのダウンタウン地区にあるホーソン橋のたもとで行われたイベントを訪ねた。

みんな、本を読みたい

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今冬のポートランドは、例年になく悪天候で道路が閉鎖される日々が続き、なかなか決行できなかったストリート・ブックスのイベント。ようやく実行できた2月12日は、久しぶりに青空が広がる、気持ちの良い1日となった。

11:40分。会場のホーソン橋のたもとには、すでにHome PDXというボランティア団体が提供する日曜日のランチを求めて、3、40人のホームレスたちが集まっている。ストリートブックスのメンバーが到着し、テーブルのセッティングを始めると、待ちかねたように大勢の人々が集まってきた。

 
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利用者の中には、図書員の顔見知りもいて、「こんにちは、ジャック。調子はどう?今日は何を探しているの?」と名指しで声がかかる。また、「『世にも不幸なできごと』の5巻と6巻を読みたいんだけど、ない?」とか、「ノンフィクションだと、何がある?」といった問い合わせも聞こえてくる。

人気の本は?と図書員に尋ねると、小説、伝記、SF小説、哲学書、言語など、それぞれの好みは幅広い、という答え。それでも、やっぱりベストセラーは人気で、「結局、通常の図書館や書店と同じかもね」と言う。

利用者の中には、もちろん、ストリート・ブックスの存在を初めて知った人達もいて、ストリート・ブックスへの質問や、好きな本についての会話も始まっている。

 
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気に入った本を選んだホームレスたちの多くが、すぐ側に腰を下ろし、お昼のブリトーを食べながら、本を読み始める。暖かな日差しもあり、穏やかなひと時に思える。

 
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ホームレスから理事会メンバーに

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現在、ストリート・ブックスの理事会メンバーを務め、目録担当でもあるベン・ハジソン(Ben Hodgson)さんは、実は3年半、ホームレスだったことがあるという。彼は、ローラさんが担当する移動図書館ルートの常連だったそうだ。

子供の頃から、読書が好きで、図書館を利用していたというベンさん。「ローラに毎週、課題図書を出しているんだ」と笑うほど、多くの本を読んでいる。

「ワグナーの『ニーベルングの指輪』のもとにもなった『北欧神話』の中に、呪われた黄金の話があるんだけどね。実は、初めて私がこの本を手に入れたのは、万引きだったんだよ。それで、多分、本の内容みたいに呪いが始まったんだ…。これまでに6冊、買ったりもらったりして、同じ本を手に入れたんだけど、その度に全て、なくなってしまったんだ」なんてエピソードも、本好きなことがうかがえる。

彼は、毎日生きるだけでも必死で、全く余裕のないホームレスにとって、ストリート・ブックスは、自分のところにまで本が来てくれる貴重な存在だという。また、図書館と違い、静かにする必要がないので、好きな本について話し合う時間も提供しているという。

 
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本が、過酷な毎日を少しだけ生きやすくしてくれる

ローラさんは、ストリート・ブックスが、本の貸し出す図書館の形式をとることで、「じゃあ、来週また来るから、持ってきてね」という絆を作れることを大切にしている。とはいえ、様々な事情で翌週返せなくても、また、返却された本が雨に濡れたりして、傷んでしまっていても、責めることはない。むしろ大変な生活の中、本を返そうという努力をしてくれることに感謝している。

彼女にとって、ストリート・ブックスを始めてから一番辛かったことは、「ホームレスになってしまった人の日常を知ること。毎日どんな目に遭っているのか現実を知ったこと」だと話してくれた。そして、最も嬉しいことは、「ストリート・ブックスは、本当に小さなジェスチャーでしかないけれど、賛同してくれる人がたくさんいて、一緒に働くチームができたこと」だと言う。

 
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ストリート・ブックスの図書員に加え、この日も理事長のダイアナ・レンペ(Diana Rempe)さんが、近所の人が本を売ってそのお金を寄付してくれたのと話していた。

 
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本では、確かにお腹も膨れないし、寒さも凌げない。でも、ポートランドには、本の力を知る人がたくさんいて、その本を読む権利は誰にでもある。

ストリート・ブックスが、ホームレスをストリートから解放してくれるわけじゃない。だけど、ストリートでの毎日を少しだけ、生きやすいものにしてくれたんだ。

ベンさんが自分の経験をもとに言うこの言葉が、ストリート・ブックスの真髄ではないだろうか。

※こちらはBe inspired!に掲載された記事です。2018年10月1日にBe inspired!はリニューアルし、NEUTになりました。

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