精神科医とミュージシャンを両立する“歌う先生”が教えてくれる、「マルチに頑張ることの利点」

Text: Shizuka Kimura

Photography: MISA KUSAKABE unless otherwise stated.

2017.11.13

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精神科医って親しみやすさがない、そんなイメージを持っている人は少なくないだろう。今回取材をさせていただいたのは精神科医の星野 概念(ほしのがいねん)先生。精神科医でありながらミュージシャン、執筆活動などマルチに活躍する先生に、「こころ」への接し方をきく。それは同時にユニークな視点を交えたすべての人への生き方のアドバイスでもある。

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精神科医が語るカウンセリングの現場

精神科医って普段どんなことをしているのだろう。気軽にカウンセリングを利用することが多くない日本ではそもそもあまりイメージがないかもしれない。そして精神科にはどんな人が来るのだろうか。精神科医だからこそ語れるリアルな実情を聞いた。

もちろんヘビーな人もいるけど、なかにはただ喋りにくるだけの人もいる。町の診療所みたいな感覚でくるおばあちゃんみたいな感じで、「次の診察の時にはもう死んでるわ」って言いながら2年くらい元気に通い続けてる人もいるんです(笑)。でも病院に来るだけでなんかリズムが生まれるとか、来ただけでちょっとその日は気分よく過ごせるっていう人もいて、あとは、寝れないから睡眠薬くださいっていうだけの人もいます。

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たとえ心の不調を感じても「自分は行くほどではない」「必要がない」そんな風に考えている人は少なくないだろう。また、カウンセリングを受けることに対して「どんなことを聞かれるのだろう」という不安や、「周囲の人間に病気の人という見方をされたくない」という気持ちから抵抗感を抱いている人もいるかもしれない。しかし、実際は様々な人がそれぞれの目的で利用しているということが分かる。

「よく分かんないけど最近落ち込んでる」「イケてない」みたいなことをそのまま言ってもらうだけでも構わないんです。じゃあそのよく分かんないっていうのはなんなんですかね、今までの話聞かせてください、って聞いていきます。自分だけでその原因を考えててもわかんないんですよね。

それに話すだけ、アウトプットするだけでも違うから僕は気軽に話せる場があればいいなって思う。カウンセリングルームだけじゃなくてたとえば近所のお寺とかでもいいと思う。昔だったら長屋みたいなところに頼れるおじさんがいて…とかあったかもしれないけど、今はそういう機会があまりないじゃないですか。だからカウンセリングは相談の場所として適しているのかなって。

うまく話す必要はない。分からないことをそのまま言うだけでいい。そこから患者の心理を紐解いていくのが精神科医や心理学者といったプロなのだ。心に溜まったモヤモヤを自分のなかにしまっておくのは限界があるだろう。だからアウトプットするだけでも気持ちがスッキリしたり、言葉に出してみることでそのモヤモヤが整理されたりする。しかしだからといって星野先生は必ずしもカウンセリングに行くことを勧めているわけではない。自分のことを気軽に安心して話せる相手や場所があるならそれでいい、そういう人や場所を見つけておくことが大事だという。

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一人ひとりが相談の場を確保しやすくするためには、社会が精神疾患に対してもっとオープンになるべきなのかもしれない。社会全体で他者をサポートする気持ちが高まれば、相談しやすい社会がつくられていくはずだ。

精神疾患にオープンな社会は理想ですよね。まず精神疾患とは何か。それに対する知識が深まればいいなって。“メンヘラ”って言葉とかもよく分かんない。何を指してメンヘラと言っているのか、やばそうな人のことをメンヘラっていうのか。メンヘラと言われる人にもいろいろいて、いろんな育ち方をしている人がいて、十人十色だっていう考えを意識的に持っているってことが大事だと思います。

例えばそのメンヘラっていう人に対して、全面でサポートしますよってなると無理だと思うんです。でも「この人は、よく分かんないけど大変だったんだろうな」って考えるだけで接し方は変わると思うんですよ。そういう考え方とか意識が広まればいいなって。極端な愛護みたいな心を持つのは難しいかもしれないけど、少しは理解しようって気にはなるかもしれないし、一般の人がもう少し心理学的な知識を持っていたらいいなとは思います。それにその人に対して考える時間があるってことが、その人に対する気持ちがあるってことかなとも思います。

星野先生が執筆活動を行う理由はこれなのだ。多くの人が心理学や精神医学の知識を得ることで、精神疾患や障害に対する見方や接し方が変わる。そのために飲食店での出来事を心理学の理論に当てはめたり、小説の登場人物を分析したりと身近で興味を持ちやすい内容の記事を書いているそうだ。

精神疾患や障害を抱える人を全面的にサポートしなければならないと責任を感じるのではなく、みんながそれぞれ「こころ」について知識を持つだけでも安心感を与えることができる。そうすることによって、悩んでいる人に対して突き放すような態度、接し方は少なくともなくなるかもしれない。

自分の取扱説明書

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自分や周囲の人が心の不調に陥ったとき、どうすればよいかどう接すればよいのかが分かってきた。では一体、人の心理を紐解くプロは自身がそのような状況に陥った時どう対処するのだろうか。この質問に対して返ってきた答えは「自分を知ること」。

自分のことを知っていればもし落ち込んだときでも、落ち込みが浅い段階でわかるし、自分が不調だって分かります。自分がイライラしたときにどういう表現や仕草、言葉遣いをするのか知っておくことが大事なんですよ。準備しておけば、ちょっと落ち込んだ時にすぐ対処ができるから、つまり対処の仕方が分かるような「自分の取扱説明書」を持っておくことが大事というか。

例えばこういうお酒を飲むと幸せな気分になれるとか、人によっては場所かもしれないし、本や映画かもしれない。これをしたら気分がよかったっていう経験を調子がいいときに書き留めておくんです。それで不調になったときにそれ見返すと、「あ、あのときこれやったらよかったんだ自分」ってなると思います。

自分は何をしている時が一番幸せなのか、どういうときにイライラしてしまうのか。考えて瞬時に答えられる人は意外と少ないだろう。自分のことなのだからよく知っていると思い込んでいても、実際は思うほど自分のことを知らないのかもしれない。自分を知ることとは一見シンプルに見えるが、難しく時間のかかる作業だ。そして他人の言動に気を取られすぎて、その瞬間に自分がどう感じているかをあまり意識していないということもあるかもしれない。他人に対しては敏感なのに自分に対しては鈍感になっていないだろうか。心の不調に陥りにくくなるために、私たちは普段からもっと自分に気づいてあげる必要がある。

精神科医とミュージシャンの両立からみえてきたこと

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精神科医とミュージシャン。この2つの職業はお互いどのように影響し合っているのか。この質問でも音楽や執筆活動をする星野先生ならではのユニークかつ私たちにもイメージしやすい表現が飛び出した。一見、相反するような2つの職業を両立する先生の人生観とはなんなのか。

精神科医という仕事にはマニュアルってものがないわけで。毎回違う人が来るから。ある程度のマニュアルはあるけど、「この人にはこうなのかな」っていう、自分の引き出しに入っている部品や武器でどういうふうに患者さんと接するかを考えていきます。音楽をやっているときも同じで、自分の引き出しのなかから選ぶ感じで表現します。

患者さんと接しているときに音楽の引き出しは絶対に開けないって決めているかっていうとそうでもなくて、全部自分のなかで繋がってて。自分の経験が冷蔵庫に詰まっている食材で、その中のいくつかを選んで組み合わせて、作って出すみたいな。音楽をやっているときの自分と医者をやっているときの自分はあまり変わらないんですよ。それがいい。前は音楽をやっているときは音楽だけって決めちゃっていたんです。でも決めちゃうとそれ以外の引き出しが開かなくなるんです。そうすると表現が面白くなくなっちゃうし、自分の全部が出せなくなるんで。結局人って自分が持っている素材でしか表現できないじゃないですか。

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マルチに活動する星野先生ならではの考え方と言えるかもしれない。自分の持っている素材でしか表現できないけれど、一つの職業に絞らずにやってきたことでいろいろな組み合わせが増えたのだ。だからこその独自の視点がある。もちろん何かの分野の権威になろうとするならば、一つのことに絞るべきかもしれない。しかし職業を絞らずにやりたいと思うことに全力を注げば、その人らしさを表し、ユニークなものへと変わっていく。

楽しく上手に生きるために、引き出しのなかに自分の取扱説明書と相談できる場所を持っておくことが大事だ。引き出しにたくさんのものがあればいろいろな組み合わせを考えられる。人生にマニュアルはない。だから自分についてよく知っておく必要がある。自分で自分の感情や行動に意識を向け、新しい自分を発見したら、それを自分の引出しにしまって自由に取り出したり組み合わせたりできるようにしよう。それはきっと人生をより豊かなものにしてくれるはずだ。もし自分に悩み、どうしたらいいのかわからない時は、相談できる場所に行こう。

星野 概念
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精神科医として総合病院に勤務する傍ら、ミュージシャンや執筆活動も行う。Yahoo!ライフマガジンや文春オンラインなど様々なメディアで執筆をしており、飲食店での出来事を用いて心の気づきを紹介したり(Yahoo!ライフマガジン「めし場の処方箋」)、小説の登場人物を精神医学的視点でみてみたり(BRUTUS「本の診察室」)身近なものを題材に精神医学や心理学の知識をわかりやすく伝える。また、ミュージシャンとしてはコーラスグループ星野概念実験室をはじめ、ユニットJOYZやギタリストとしてサポート活動などを行っている。

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※こちらはBe inspired!に掲載された記事です。2018年10月1日にBe inspired!はリニューアルし、NEUTになりました。

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