「次世代に温泉を残すため」。1000ヶ所以上の温泉を巡った28歳の若女将が、“業界の問題”と闘う理由|EVERY DENIM山脇の「心を満たす47都道府県の旅」 #002

Text: YOHEI YAMAWAKI

Photography: ERU AKAZAWA unless otherwise stated.

2018.5.25

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こんにちは!EVERY DENIMの山脇です。EVERY DENIMは僕と実の弟2人で立ち上げたデニムブランドで、2年半店舗を持たず全国各地でイベント販売を重ねてきました。 2018年4月からは同じく「Be inspired!」で連載を持つ赤澤 えるさんとともに、毎月キャンピングカーで日本中を旅しながらデニムを届け、衣食住にまつわるたくさんの生産者さんに出会い、仕事や生き方に対する想いを聞いています。
 
本連載ではそんな旅の中で出会う「心を満たす生産や消費のあり方」を地域で実践している人々を紹介していきます。

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▶︎山脇 耀平インタビュー記事はこちら

初回の旅は4月5日〜10日。茨城、栃木、群馬県を巡りながら、たくさんの人に出会ってきました。群馬の伝統産業であるシルクの生産を営む工房、栃木で震災被害にあった牧場を救うため製品プロデュースを行うゲストハウス。茨城にUターンし豆を通じてコミュニティづくりに励む夫妻

どの出会いも刺激的で、自らの仕事に誇りを持ち、受け手の心を満たしてくれる生産者の人たちばかりでした。
 
そんなたくさんの出会いの中から今回紹介したいのは、栃木県日光市で温泉施設を経営する一人の女性です。温泉が心の底から大好きで、自分が良いと思う温泉を無くしたくない一心から栃木に移住し、廃業していた施設を復活させた彼女の想いを聞いてきました。

温泉業界が抱えるジレンマ

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「源泉掛け流し」「循環ろ過」。この言葉を初めて耳にするという読者もいると思う。源泉掛け流しとは、地中から湧き出た温泉をそのまま浴槽の湯として常に利用している状態のこと。循環ろ過とは、浴槽の湯を循環器によって洗浄し再利用する方式のことである。
 
源泉掛け流しの温泉は、科学的に健康に良いとされている温泉の効能を活かせる一方で、常に新鮮な湯を使い続けるぶんコストもかかる。逆に循環ろ過方式は、一定量の温泉を繰り返し使用するので資源を有効活用できるぶんコストがカットできる。ただし、循環ろ過に使用する塩素系薬剤は、温泉本来の効能を低下させてしまう。
 
効能だけを考えれば源泉掛け流しの方が好ましいが、資源の確保や施設経営の面を考慮すると、循環ろ過に頼らざるを得ない一面もある。そんなジレンマを抱えたまま、源泉掛け流し、循環ろ過、またはその中間など、様々な施設が混在しているのが国内温泉業界の現状である。
 
そんな中、とにかく良質な温泉を無くさないようにと奮闘する1人の若い女性が水品沙紀(みずしなさき)さん。栃木県日光市にある施設「中三依温泉 男鹿の湯(なかみよりおんせん おじかのゆ、以下、男鹿の湯)」を経営する28歳である。
 
「お湯はいいけれど経営が続けれられなくなっちゃった温泉をとにかく救いたいんです」と語る彼女、20代にして温泉施設を経営することにした決意はどこから来たのだろうか。

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水品沙紀さん

1000ヶ所以上を巡って抱いた温泉経営への想い

千葉県出身の水品さんは小さい頃から家族でよく日帰り入浴をしていたのがきっかけで温泉に愛着を持って育った。本格的に温泉巡りを始めたのは大学生の頃。これまでに訪れた施設は全国1000ヶ所以上にのぼる。

大学卒業後、温泉施設の運営を手がける「株式会社温泉道場(以下、温泉道場)」に就職。当時新卒を採用していなかった同社だが、温泉業界の改善に取り組みたいという彼女の熱い想いが届き、初の新卒社員として入社する。水品さんはその配属先だった埼玉の温泉で施設を経営するノウハウを学んだそうだ。
 

勤め先だった埼玉の温泉施設は、地元の人が気軽に入りに来れる良い雰囲気の場所でした。施設運営のコンサルティングや再生を手がける温泉道場で働く中で「お湯は良いけど経営がうまくいっていない施設をどうすれば立て直せるか」についてどんどん関心が湧いてきました。

想いは徐々に膨らみ、「いつか自分で温泉を経営したい」という強い願いへと変わってゆく。そして温泉道場に勤めて2年半、男鹿の湯との出会いをきっかけに退職。2014年7月から経営不振により休業していた男鹿の湯を再建をすることを決意し、開業に向けてスタートを切った。
 

男鹿の湯は、経営を引き継げさせてもらえそうな施設を調べている中で見つけました。前職で勤めていた埼玉の温泉と水質が似ていたから親近感もあってここに決めたんです。

男鹿の湯が位置する栃木県日光市の中三依という地域は、北の福島県会津地方と、南の日光市街を結ぶ交通の要衝だった。栃木県日光市にありながら、気候・風土は会津のよう。はっきりした四季の移り変わりや豊かな山々に恵まれ、最寄り駅である「中三依温泉駅」は浅草から電車で一本と、アクセスもしやすい。

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開業に向けて水品さんはまず、施設を営業できる状態にするため動き出した。1年半の間閉業し使われていなかった男鹿の湯を復活させるためには、地域との関係性や設備のことなど、解決すべき課題が多くあったという。
   

男鹿の湯を再びオープンするまでに、大変なことが2つありました。1つは、当時25歳という年齢で温泉を経営することについて、周囲の人たちに不安がられていたということ。前職で経験を積んでいるとはいえ、若い女性が縁もゆかりもない地域に入ってきていきなり潰れていた施設を立て直すなんて無理だろうという意見の人たちもいました。

ただ、ありがたいことに応援してくれる人たちもたくさんいて、特に開業に向けて実施したクラウドファンディングでは想像を超える多くの方に支援していただきました。

2016年2月に実施したクラウドファンディングでは、138名の支援者から目標金額を上回る2,173,000円を集めた。開業前から周囲に注目され、順調にスタートを切れそうにも見えたが、男鹿の湯をリニューアルするに当たってはもう1つの大きな壁があった。

もう1つは、設備の老朽化について。長い間休業していた男鹿の湯では、温泉を提供するために必要なボイラーや温泉を汲み上げるポンプなど、あらゆる機械に相当ガタがきていて、そのどれもがお金をかけても直るかどうかわからないという有り様でした。しかも復旧の最中に未曾有の大雨という自然災害に見舞われてしまい、状況はさらに悪化することに。
 
信用のある専門業者さんの尽力によってきちんと営業できるまでにはなったのですが、今も所々に故障しやすい部分があって、壊れるたびに直しながらなんとか続けています。

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地球が語りかけてくるような自然に溢れた温泉

大学の卒業論文では「地球と人をつなぐメディアとしての『温泉』」について論じたという水品さん。現代社会において温泉が果たす役割は、人が自然の中に生きることを感じられる点にあるという。

湯治(とうじ)という言葉もあるように、古くから温泉は心身のメンテナンスとして機能してきた歴史があります。私自身も毎朝仕事初めの前に必ず入浴してコンディションを高めています。

ただし、今の温泉業界の現状では、「温泉」と名がつくからと言って必ずしも効能が期待できるとは限りません。

温泉の定義とは「25℃以上の地下水」と曖昧であり、源泉掛け流しという言葉も濫用され、実態は不確かな施設があることも事実だと教えてくれた水品さん。一経営者として施設を続けていく難しさを承知している彼女は、そのような状況を仕方ないと理解しつつも、自分自身は温泉の質にこだわっていくと熱く語ってくれた。

私が良いと思う温泉は山奥であったりと、大体アクセスの不便な所にあって、たくさんの人に知られているとは言えません。その代わりに岩場からすぐ近くで湧いた源泉を掛け流していてお湯も新鮮だし、環境を維持するために地域で大切に守られてきた歴史もあって、とても豊かな場所ばかりです。
 
まるで地球が「はい、できましたよ!」と語りかけてくれているような、本物の自然を味わえる温泉に入り続けること、そしてそんな温泉の存在を広めていくことが、埋もれてしまっている良質な温泉を失わないために、今の私ができる地球と人への何よりの貢献だと思っています。

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これからの温泉施設の在り方

最後に、男鹿の湯でまさに水品さんが実践されているような、小規模ながらも良質な温泉施設を持続的に運営していくことについて、これからの在り方のヒントを聞いた。

例えば小規模であっても、社団法人に出資してもらったり、地域からしっかりと愛されお客さんも巻き込みながら関わるみんなで運営していけるような、そんな施設の回し方ができれば、もっとたくさんの温泉が次世代に残っていくはず。

良いお湯の温泉があまりにもおざなりにされている現状をこれまでたくさん目の当たりにしてきたので、もっと力をつけてたくさんの温泉を救っていきたいです。

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恥ずかしながら筆者は水品さんに出会うまで、温泉業界の現状や源泉掛け流しという言葉も知らなかった。このように新たに興味を持ち、知識を得ようとしていく人にとって、一番の壁は「何が正しい情報なのかわからない」ということだろう。

特に健康と名のつく分野においては科学的に裏付いた知識や情報を正確に手に入れることが必要になってくる。しかしそのハードルはなかなか高い。

そんな中、水品さんの優しく、力強い語り口は、あっという間に僕を魅了し、もっと温泉について詳しくなりたい、温泉を楽しみたいと思わせてくれた。

自分のことはとても謙虚に話す。けれど温泉のこととなると止まらなくなるくらい言葉に溢れ、自信に満ちた表情で楽しい話をしてくれた水品さんを見て、彼女がこれからたくさんの良い温泉を後世に引き継いでくれるんだろうと確信した。

中三依温泉 男鹿の湯

公式サイトFacebook

2016年4月リニューアルした栃木県日光市の日帰り温泉。
温泉をこよなく愛し全国1000件以上を巡った水品沙紀が手がける。
「Reborn(生き返る)」をテーマに、温泉の他にも食堂やタイ古式セラピーを併設。

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山脇 耀平 / Yohei Yamawaki

TwitterInstagram

1992年生まれ。大学在学中の2014年、実の弟とともに「EVERY DENIM」を立ち上げ。
オリジナルデニムの販売やスタディツアーを中心に、
生産者と消費者がともに幸せになる持続可能なものづくりの在り方を模索している。
繊維産地の課題解決に特化した人材育成学校「産地の学校」運営。
2018年4月より「Be inspired!」で連載開始。
クラウドファンディングで購入したキャンピングカー「えぶり号」に乗り
全国47都道府県を巡る旅を実践中。

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EVERY DENIM

WebsiteFacebookTwitter

EVERY DENIMとは2015年現役大学生兄弟が立ち上げたデニムブランド。
なによりも職人さんを大切にし、瀬戸内の工場に眠る技術力を引き出しながらものづくりを行う。
店舗を持たずに全国各地に自ら足を運び、ゲストハウスやコミュニティスペースを中心にデニムを販売している。

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キャンピングカーで巡る47都道府県の旅のスケジュール

第3弾:2018年6月7日(木)〜6月12日(火)

行き先:
6月7日(木)広島
6月8日(金)広島
6月9日(土)島根
6月10日(日)山口
6月11日(月)山口
6月12日(火)島根

旅の現地で開催する洋服の販売イベント
日時:6月7日(木)17:00~24:00
場所:「暮らしの台所・あがりこぐち」 〒720-0044 広島県福山市笠岡町3-7
参加費:無料(予約不要、お店にて1ドリンクご注文ください)

日時:6月9日(土)18:00~21:30
場所:「アサリハウス」 〒695-0002 島根県江津市浅利町166番地2
参加費:1,000円(予約不要)

日時:6月10日(日)17:00~21:00
場所:「萩ゲストハウスruco」 〒758-0044 山口県萩市唐樋町92
参加費:無料(予約不要)

その他、現地でのイベント情報は随時更新していきます!詳しくはTwitterをご覧ください。

第3回 旅の食事会
日時:6月16日(土)18:00~21:00
場所:Cookpad.inc
〒150-6012 東京都渋谷区恵比寿4-20-3 恵比寿ガーデンプレイスタワー12F
参加費:無料(懇親会に参加される方3000円)
詳細はこちら

※こちらはBe inspired!に掲載された記事です。2018年10月1日にBe inspired!はリニューアルし、NEUTになりました。

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