「感情に正直でいること」Yaejiが語る、オーセンティシティ

Photography: Adi Putra unless otherwise stated.

Text: Kei Harada
Edit: Jun Hirayama / Kaya Mitsuhashi

2025.11.20

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クラブミュージックとポップの境界を軽やかに横断し、ステージ上ではエネルギッシュなパフォーマンスで世界を魅了するYaeji(イェジ)は、嘘・偽りのない「オーセンティシティ」を貫くアーティストだ。自身にとって初のアルバムとして、彼女の内なる感情と深く向き合った『With A Hammer』のツアーで東京を訪れた彼女に「オーセンティシティ」(真正性)をテーマに話を聞いた。

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音楽を通して見つけた”オーセンティック”な生き方

NEUT:早速ですが、あなたにとって「オーセンティシティ」(真正性)とは、どのような意味を持ちますか?

Yaeji:「オーセンティック」であることとは、自分に正直でいることだと思う。そして、私に「オーセンティック」であることの意味を教えてくれたのは、音楽なの。音楽は「自分に正直でいること」や「自分らしさとは何か」ということについて教えてくれたし、アーティストである以前に、音楽を通じて自分らしさについてより深く学べたことが私にとっては本当に幸運なことだった。私の音楽を聞いて共感してくれる人たちは、私にとっても鏡のような存在で、音楽を通じて出会った人たちのおかげで自分をより鮮明に見つめることができるようになったの。私はそのことにとても感謝してる。

NEUT:アメリカ、韓国、日本と異なる場所で育ち、様々な文化に触れてきたと思いますが、異なる文化で育ってきたことは、あなたのオーセンティシティの形成にどのような影響を与えてきましたか?

Yaeji:いろいろな国や地域を転々としてきた経験は、間違いなく自分自身の世界の見方にも影響を与えてきたと思うし、ツアーで世界を旅し続ける中で、多くのことを学ぶことができた。例えば、ある国で重要な意味を持つことが、別の国では全く違う意味を持つことがあったり、他の場所に引っ越すことで、他の世界で何が起こっているのかについて自分が無知だったということに気づくこともある。こうした経験のおかげで、より俯瞰的な見方から人類や人生そのものについて考えることができるようになったし、自分自身の音楽やアート表現にも間違いなく影響があったと思う。

NEUT:2023年に発表したデビュー・アルバム『With A Hammer』はとてもパーソナルなアルバムですが、今回のアルバムを作る上で、自分のアイデンティティやオーセンティシティについて、何か新しい発見はありましたか?

Yaeji:『With a Hammer』は私にとって初めてのアルバムになるんだけど、これまでアルバムを作ってこなかったのは、アルバムは明確な意図を持った一つの物語であるべきだと思っていたから。私の制作のプロセスは、もっと流動的で、その日に起こったこととか感じたことを吸収して作品にしていくように作っていくの。それはその瞬間ごとに自分の日記をつけていくような作業だから、どうしても一貫した物語や世界観を作っていくやり方には向かない部分もあった。

話してくれたように、アルバムの内容はとてもパーソナルで、「怒り」がテーマになっている。今回のアルバムでは、音楽を作り始める前に、私がこれまで抑えてきた怒りが形を変えて誕生したこの「ハンマー」についての物語を書いたの。そうやって物語を作るのは、自分の感情に対して問いかけを行う旅のようで、そのプロセスのお陰で自分がアルバムを通して「怒り」をどうやって表現するかを理解できたような気がした。それでも、このアルバムの先に何が起こるのかまでは全く分からなかった。「音楽」が完成した時点では『With a Hammer』という作品に対する答えは分からなかったの。

作品の「オーセンティシティ」について話すとすれば、このアルバムはパッケージされていない、もっと言えば準備が整っていない、とても率直な作品になったと思う。実際、私はアルバムを通じて、「自分の怒りとは何か?」、「他の人たちにとっての怒りとは何か?」そして「私たちの感情はどのように変化していくのか?」という問いを、アルバムを聴いてくれる人に向けてオープンにすることにとても慎重だったの。でも今、2年間のアルバムのツアーを経て、やっとその答えに近づくことができたと思ってる。

NEUT:その答えについて教えていただくことはできますか?

Yaeji:はっきりとしたことは言えないし、まだ考えている途中のことが多いんだけど、自分の「怒り」と向き合う過程で、自分が守りたいものや大切にしているものについても気付くことができるようになったの。そして、自分の感情をより大切にするようになったと思う。身の周りで起きることにつらい気持ちになったり、怒りを覚えたりすることもあるけど、その気持ちもリアルだし、そうやって自分が感じたことをライブに来てくれたオーディエンスのみんなとシェアして、お互いに分かち合うことによって、自分に心があるんだってことを思い出すことができる。心って筋肉みたいで。使い続けなきゃいけないと思うの。

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「誰もが自由になれるということを伝えたい」

NEUT:音楽について話すと、あなたの音楽はクラブミュージックとポップの間に位置するようだと言われることが多いですよね。ポップであることと、クラブシーンのオーセンティシティを維持することの間では、どのようにバランスを取っていますか?

Yaeji:うーん、これまで自分の音楽をポップとは考えたことはなかったけど、『Raingurl』が生まれてからは、アンダーグラウンドのダンスミュージックシーン以外のリスナーにも自分の音楽が届くようになった。それから自分の中で、新しいオーディエンスと、自分の音楽のバランスを取るのが少し難しくなって、数年間クラブでDJするのをお休みしてたの。クラブに戻る適切なタイミングを待っていたけど、今は、より多くの人がクラブミュージックの文化を理解してきているから、良いタイミングだと思ってまたDJに戻ることにした。DJやクラブカルチャーに関しては繊細なコミュニケーションと理解が必要で、「やるべき時」と「やらないべき時」を見極めることも重要だったと思う。

音楽を作る時は、自分の音楽がクラブミュージックかポップかといったことについてはあまり考えずに、自分らしさを感じることができるものを作ってるかな。異なる場所を行き来することに難しさを感じることも多いけどね。これまで私が育ってきたのは、間違いなくアンダーグラウンドのクラブシーンだと思う。大学に入ってから、大学のラジオステーションに携わるようになって、そこからは自然な流れでアンダーグラウンドのクラブミュージックのことを知るようになったの。クラブミュージックとはそうやって出会ったけど、元々はミュージシャンにもなるつもりはなくて、最初はフルタイムでグラフィックデザイナーの仕事をしてた。でも、だんだんとDJのブッキングが増えて、色々なクラブに行くようになってから、アンダーグラウンドのダンスミュージックのシーンは音楽以上のものだと気付いた。それはコミュニティで、人種やセクシュアリティのマイノリティといったこれまで社会から過小評価されてきた多様なアイデンティティを持つ人々のための避難所のような場所で、私にとっての居場所でもあるように感じられた。

NEUT:一方で、クラブの歴史やシーンのあり方は欧米中心で、オーセンティックなクラブミュージックに関するイメージ・ステレオタイプも欧米に偏っています。アジア人のアーティストとして、こうしたステレオタイプにはどのように向き合い、アーティストとしての表現を追求してきたのでしょうか?

Yaeji:確かに、ダンスミュージックの歴史は、デトロイトやシカゴの黒人ミュージシャンによる抵抗の精神から生まれたものだけど、私たち東アジア人が西洋でマイノリティとして生きることに繋がっている部分もあると思う。

ただ、アジア人もこれまで色々な形で抵抗してきたけど、それを明確な形で見せる人は少なかった。私が音楽業界に入った頃、アーティストを含めて業界の人種的なバランスは明らかに偏っていて、東アジア人の女性アーティストである私に対しても多くの偏見があった。これはクラブミュージックに限らずね。でも、そういうあり方も急速に変わりつつあるし、若い世代にはとても期待してる。今は多くの素晴らしいアーティストたちが美しいロールモデルとなっているから。彼らは自分がなりたいものになれて、やりたいことを自由にできる可能性を示している。Yaejiのプロジェクトでも、自分自身がオーセンティックでいることがとても大切だと示してきたと思ってる。たとえどんな人種・見た目だったとしても、誰もが自由になれるということを伝えたいの。

NEUT:アーティストとしてキャリアを積んでいく中で、ロールモデルは誰でしたか?

Yaeji:正直言って、自分が音楽アーティストになるとは想像してもいなかったから、ロールモデルについて答えるのは難しい(笑)。本当に20歳くらいになってから、自分は音楽が好きなことに気づいたくらいだから。それまでは本当に音楽のことは詳しく知らなかったの!なかなか面白い人生の歩み方だよね(笑)。だから、そうね、決まったロールモデルがいるわけじゃないんだけど、自分らしさを貫いてオーセンティックなアーティストとして頭に浮かぶのは、Bjorkかな。彼女のことはとても尊敬している。

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自然体でいて、芯があるYaejiの世界観

NEUT:アートやデザインに関するバックグラウンドは、現在のアーティストとしての活動にどのように影響していますか?

Yaeji:そうそう、ミュージシャンになる前はビジュアルアーティストとして活動していたの。私にとってYaejiは、音楽プロジェクト以上のもので、ミュージックビデオやアルバムのアートワーク、ステージの演出、衣装といったビジュアルの表現にもとてもこだわってる。Yaejiのプロジェクトでは音楽の範囲を超えて色々な面を見せたいから、できるだけ緻密に世界観を構築して、その世界観を体現したいと思ってる。でも、ビジュアルや世界観の表現だけではなくて、ライブ会場やクラブの空間で起きることや、オーディエンスとのリアルな会話もとても大切にしたいと同時に思っている。繰り返しになるけど、考えてるし、そこから最も多くのことを学べるから。

NEUT:コラボレーションのあり方も独特ですよね。あなたは、レーベルや業界の枠にとらわれたビッグネームよりも、友人や家族、同じシーンにいるアーティストたちを選んでいて、そのアプローチはとてもオーガニックに映ります。

Yaeji:ありがとう。これは私の性格が影響してると思う。私は本当に内気で、音楽を作ったりアートを創作したりすることも、とてもプライベートなことだと思ってる。以前、コラボレーションについて、「私の日記を一緒に書いていくような、とても個人的なもの」と表現したことがあるけど、それだけプライベートなことだからこそ、単にその人の音楽が好きだからという理由だけで一緒にやるのは難しいの。それは単純に気まずいだけじゃなくて、自分らしくいられるかどうかもわからなくなってしまうから。相手が快適かどうかどうか、自分が何をすべきかといったことをすごく気にしてしまうの(笑)。だから、自然と気心の知れた友達と一緒に仕事をしたいと思うようになる。

あと、私は注目されるのが苦手で、目立つことに居心地の悪さを感じてしまうの。今は昔よりもずっと楽になったけど、今、この場所でリラックスして話している私の姿が、本当に自然で、本来の姿だと思ってる。注目を浴びるよりも、自分にとって自然でいられる、居心地の良い場所にいることが大切なの。それがアーティストとして私が他の人と違うポイントで、今日あなたが聞いてくれた「オーセンティック」でいることと繋がっているのかもね。

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Yaeji

Instagram / Website / Hit Song「booboo2」

米NYクイーンズ出身のプロデューサー、ボーカリスト、DJ、ビジュアルアーティスト、イラストレーターとして活躍するイェジ(Yaeji 本名:キャシー・イェジ・リー)。韓国のインディーロックとエレクトロニカ、1990年代後半〜2000年代初頭のヒップホップやR&B、アンダーグラウンドなベースやテクノなどを融合させたハイブリッドなサウンドが特徴。大学在学中に趣味としてDJをスタート、15年の大学卒業後にニューヨークへ移り、17年にデビューEP『Yaeji』を発表。ドレイク『Passionfruit』のリミックスで注目され、次に発表したEP『ep2』も高い評価を得ており、チャーリーxcxのアルバムへの参加、デュア・リパ等のリミックス制作を行い、その後BBC「サウンド・オブ・2018」に選出。23年4月には待望のデビューアルバム『With A Hammer』をリリース。25年3月にシングル『Pondeggi』をリリース。アジアツアーの一環として来日公演を2025年8月27日に開催した。

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