「ファッションの矛盾とどう向き合っていくのか?」ファッション業界の問題をリサタニが考えていく連載スタート|矛盾するファッションの行方 – FASHION CONTRADICTION #000

Text: Lisa Tani

2022.2.8

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「ファッション」に映し出される社会の抱えるさまざまな矛盾。突き詰めた先に見えてくるのは不都合な事実か、相反する真実か?

ファッション業界で活躍するライター・ディレクターのリサタニが、環境問題やジェンダーといったトピックに紐づく“矛盾”を思索しながら、一歩先の未来を現代アジアの「ファッション」に見る。

持続可能性を装いながら、明らかに過剰生産される服。
日本の伝統を謳いながら、白人のモデルにばかり着せられる服。

この文章を読んでいるあなたは、そんな服に矛盾を感じたことはないだろうか?
そしてきっとこの文章を読んでいるということは、多かれ少なかれファッションというものに関心があるのではないか?

そもそも衣服は、わたしたち人間の生活から切っても切り離せないものだ。時には制服のような社会的役割や階級を伝える記号として、または自分が与えられた社会規範に則らずに生きている人間だと表現する手段として、わたしたちは衣服を自分の身体の延長として利用する。

独創的なファッション論を数多く編み出してきた哲学者の鷲田清一氏は、ファッションを「社会の生きた皮膚」と表現した。人は、皮膚なくして生きてはいけないように、服を纏わずに外を歩くことはできないし、絶え間なく細胞が生まれ変わる皮膚のように、新たに生み出され続けるトレンドから逃れることもできない。英語ではファッションを好みトレンドを追いかけ続ける人のことを、皮肉的にファッション・ヴィクティム(ファッション中毒)と呼ぶが、わたしたちはまさに多かれ少なかれ服なしでは生きていけないファッション・ヴィクティムなのである。

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リサタニ近影(笑)

ファッションは、社会が内包する様々な問題や文化をその生地に織り込みながら、そして時には時代や流行そのものを織りなしながら、古代からわたしたちの生活に密接してきた。日本語ではしばしば「衣食住」という言葉が最低限の生活を送るのに必要なものを表すのに使われるが、その語源となったのは「衣食足りて礼節を知る」という故事成語であるといわれる。そこには数千年前においても衣服は食と並んでわたしたちの生活に欠かせないものであったという事実が見て取れる。(ちなみに現代中国語では、「衣食住」にさらに交通手段を意味する「行」が加わり「衣食住行」というらしい。人間の欲望は、つくづく満ちたりることを知らない)

ファッションと食。前者が皮膚のように身体の外部に広がる空間に纏わるものであるとしたら、後者は身体の内部に広がる空間に纏わることであるが、両者とも私たちの身体そのものに纏わることには変わりない。偶然だけれども、今同じくNEUTで『FEEL FARM FIELD』という連載をされているベイン理紗さんの掲げるテーマが食であるというのは、私たちの身体の安全が未知のウイルスという存在によって脅かされる時代に、自分の身体に関する最も身近な現象を通じて少しでも不明瞭なものを解き明かしたいと願う、ごくごく自然な欲求の現れなのかもしれない。

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小学生の頃、雑誌『セブンティーン』で北川景子さんが着てるのをみて、原宿に買いに走ったジャージ(笑)。今もたまに着る。

そんな時代の潮流の影響も無意識下にはあるかもしれないが、わたしが連載のテーマにファッションを取り上げた一番の理由は単純にファッションが好きだからだ(笑)。小学生の時、初めて自分で選んだ服を買ってもらった時のよろこびを、今でも鮮明に覚えている。それは、やっと自分の身体が完璧になったような、初めて自分の内面と自分の外面が合致したような、そんな感覚をもたらしてくれた。わたしがファッションを好きなのは、いつまでもその快感が忘れられないからかもしれない。

けれどもいつからか、手放しで欲しいと思った服を買うことや、ただ格好良いと思った服を纏うことができなくなった。服の中に織り込まれた、自分の信念に相反する矛盾を身につけることに躊躇するようになった。そうした欺瞞に満ちた服を身に纏う時に生まれる、自分のしていることと、自分が信じていること、その二つの間の隔たりが、自分の心を緩慢に蝕んでいく気がした。

自分の中にある矛盾とどう向き合えばいいのだろう。他の人はこの矛盾とどう向き合っているのだろう、そしてこの矛盾を無くすにはどうしたらいいのだろう。 そんなことを考えていたある日、『自分の仕事をつくる』という本を読んだ。そこにはファッションに限らず、食や建築といったあらゆる分野で矛盾のない仕事をする人々の姿が収められていた。明確な答えがないからこそ、自分なりの生き方を見つけるヒントが散りばめられたこの本と同じように、矛盾のない仕事をする人たちや矛盾なく作られた衣服をみつけ、自分が何を心地よく感じるのかというベクトルで、自分なりの向き合い方を考えたいと思った。

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鷲田清一氏の著作の数々には、ファッションを通して見える世界の可能性を、『自分の仕事をつくる』には自分なりの正解を見つける方法を教えてもらった

冒頭にあげたような矛盾するメッセージを孕んだ服たちは、世界が直面するより大きな問題を、ただ鏡のように映し出しているとも言える。止まることを知らない環境破壊、終わることのない人種差別。そんな大きな問題を前にしてもあまりにも規模が大きすぎて立ちすくんでしまうが、一着の服として切り取られたそれらの問題はより身近に感じられるのではないか。小さな服を紐解くことで、大きな問題の解決の糸口が見つかるかもしれない。そしてファッションが生み出す流行は、ウイルスのように一瞬で世界中に広まり、違う見方をすれば瞬く間に社会に変革をもたらす装置ともなりえる。

この連載を通して、毎回一つのトピックにフォーカスしそれにまつわる矛盾に取り組む色々な人やそんな人たちが作る服を探してみたい。そしてその例を身近な日本やアジアの他の国々で探してみたいと思った。「ファッション」はもともと欧米で生まれ、今もなお西洋・白人文化の称賛をもって語られることが多い。それはラグジュアリーブランドと呼ばれる最も品格が高いとされるブランドがほとんどヨーロッパのものであることや、ファッション雑誌や広告で目にするモデルに白人が多いことからもわかると思う。そんな欧米で生まれたファッションに、マジョリティ側である欧米的なアプローチ以外の方法、アジア的な視点を持って取り組んでいる人たちから学べることがたくさんあるのではないかと思った。マイノリティ側が、マジョリティ側のツールを使ってより力強いものを生み出してきた過去があるからだ。ここ日本で作り出された自動車やアニメがそうだったように。

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インターネットには存在しない、紙に綴られた言葉の数々は、時代を越えてたくさんの気づきを与えてくれる

今解き明かしたいと願う矛盾は幾つかあるけれど、一番の矛盾は自分がそんな矛盾に溢れた存在であるはずのファッションにやはり心惹きつけられずにはいられないことだ。心のどこか罪悪感を感じながらも、美しいデザインの服には心躍るし、欲しいとは思わずにはいられない。けれどもそもそもこの世は矛盾に溢れている。だから一見すると矛盾しているように思える事柄や両義性を突き詰めていった先に答えが、本質が、あるのかもしれない。でも自分の中で、これを突き詰めていったらファッションが嫌いになってしまうのではという予感もある(笑)。
自分で手を動かしてないくせに、口うるさく考察したり評論をしたりしているというのは百も承知の上で(笑)、白黒つかない問題だからこそ、白と黒のグラデーションの間で自分がどこに立ちたいのかを一緒に考えていければと思う。

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リサタニ (Lisa Tani)

東京都出身。15歳で渡英。帰国後早稲田大学国際教養学部で広告やメディア学を学ぶ。卒業後再び渡欧し、ベルリンに居住後、帰国。
外資系ファッション企業でのブランディングの経験をいかし、クリエイティブコンテンツの企画、制作を手がける。
在学中からライターとして、ファッション、音楽、アクティビズムといったカルチャーをインターセクショナルかつ多文化的な視点から捉える文章を執筆してきた。また音楽イベントWAIFUやAI2X2Xのオーガナイズにも携わるなど、多岐に渡り活動している。
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