土から全てが始まっている。「食材のルーツ」を尊重し表現する若きシェフとソムリエ|Fork and Pen #003

Text: yae

Photography: 柴田ひかり unless otherwise stated.

2020.10.23

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こんにちは、yaeです。

この連載「Fork and Pen」では、食や環境に対する疑問のヒントをくれそうなレストランや友人を訪ねて、身近にある“食の選択肢”について学んでいきます。

▶︎この連載を始めたきっかけについてはこちら

ナチュラルワインやオーガニックの野菜に対して馴染みが浅いのは、良いものとしてのイメージはあるけれど、その良さを知る機会がなかったり、ハードルの高いものだと認識し知る前に理解することをストップしたりしているからなのかもしれない。わたしが最近出会った同世代の二人は、それらの言葉を基準にするのではなく自分の足を使い、各々の考える「良い食材の定義」を飾ることなく体現している存在だった。自然のサイクルを大切にするシェフの田井將貴(たい まさき)と、ソムリエの大森澄也(おおもり すみや)だ。

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田井將貴と大森澄也

二人との出会い

下北沢と三軒茶屋の間の淡島通りに、ふらりと寄りたくなるビストロ「Awashima102 Bistro」というお店がある。オーナーシェフの圭悟(けいご)さんや、そこで働くスタッフに会いに行くついでに、おいしい料理を食べながら、ナチュラルワインが飲める。

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二人と知り合ったAwashima102 Bistro

いつの間にか、圭悟さんの友人と顔見知りになったり、気がつけばお店の中には知っている顔ばかりになったりすることが多いような、フレンドリーな人たちが集まる場所だ。

そうして同じテーブルを囲んでいる人の中に、なんだかとても気になる二人がいた。「Awashima102 Bistro」で働いているわけではないけれど、ソムリエナイフを持って、一瞬鋭い目つきをしてワインを選ぶ人だった。「これを飲もう」とテーブルに持ってくると、慣れた手つきで栓を開けて香りを嗅ぎ、グラスにワインを注ぎながら、二人は産地や生産者などのバックグラウンドを教えてくれた。

それを聞いた途端、そのワインに親近感が湧いた。丁寧に育てられたぶどうを使ったワインが、このテーブルに置かれ、私の口にたどり着くことが、なんだか不思議なことだと思えた。遠くの海からゆっくりと流れてきたボトルメールを開けるようで、胸が高鳴ったのだ。

気取って話すわけでもなく、普通の会話のなかでナチュラルワインの楽しさを教えてくれたのが、今回お話を聞いた、普段は都内のレストランのシェフとして働く田井くんと、同じお店で働くソムリエの澄也くんだった。

違う土地で培った根っこ(ルーツ)を持つ二人

田井將貴は1995年生まれのシェフ。ロンドンへ渡航する準備を進めていた21歳のときに、当時働いていたおばんざい屋のオーナーに連れられ長野へ。一週間でがらりと景色が変わるような、自然のサイクルのスピードの速さに圧倒され「ここなら何か新しいことを感じられるかもしれない」と、ロンドンではなく長野に滞在することを決めた。

近くの農家や山で採れた、山菜や野菜を使用した蕎麦屋で7ヶ月ほど働き、自然の動きを目の当たりにしながら経験を積む。食事はまかないの野菜と蕎麦で、買い物に自転車で片道30分かかるので、家では塩片手に野菜を食べ、週に一度お肉を食べるか食べないかのような生活をしていた。そして2017年にオープンした都内のレストランで立ち上げの際から働く。

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1996年生まれの大森澄也は、20歳のときにオーストラリアとイタリアのナチュラルワインを扱うレストランで働き、その翌年にオーストラリアに渡航。レストランで1年間働いたあとの5ヶ月間は、農場で畑が立ち入り禁止エリアになるほど強い農薬をまく仕事を経験したため、肌で無農薬野菜の素晴らしさを感じた。

オーストラリアは移民によって作られた国家で多様な人種の人が生活していて、様々な文化や価値観が混じり合う。国籍を持たない人も多くいる中で、共通してあったのは食への関心や、個人がそれぞれの自己表現の仕方を持っていたり探っていたりしたことで、それが刺激になったという。2019年に帰国し、田井と同じレストランで働き始める。

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ナチュラルワインを”知る”こと

わたしが二人に出会う前は、商品の謳い文句でよく耳にする「ナチュラル」の本質的な意味を理解したいと思うような機会はなく、ナチュラルワインを身近に感じることは一度もなかった。だからこそ、わたしと年齢の近い田井くんと澄也くんが、その魅力を楽しそうに語り、飲む姿はとても印象的だった。

yae:単刀直入に、ナチュラルワインの“良さ”って何だと思う?

田井將貴(以下、田井)&大森澄也(以下、澄也):(声を揃えて)やっぱりおいしいよ。

田井:そして、安い。その安さは、経費や労力をカットした安さではなくて、ワインがお金儲けのために作られているものではなく、生産者の想いを届けるものであることを意味してるからね。

澄也:自分の住む土地で、自然と共に健康なぶどうを育て、いかにその風土を表したワインを作れるか。作り手は必要以上のものを求めず、好きなものを作り、共有することで生活できるのを生きがいにしているんだ。

yae:なるほど。そんな想いとは裏腹に、オーガニックやナチュラルという言葉が溢れていて、トレンドのようだけれど、そもそもナチュラルとはどういう意味?

田井:土があり、人がいて、畑があり、それを作っている人の顔を知っている、という根本があること。シェフとして料理を提供するときは、自ずと知っている人の作る野菜しか使いたくないと思うよね。

yae:そうしたくてもなかなか普段の生活の中で、自分の知っている人の作る野菜を買うというのは難しいけれど、意味を知るだけでも選び方は変わるね。

澄也:オーガニックやナチュラルと謳っているから、必ずしも良いものだと判断していいわけでもないよね。日本のオーガニックの基準は日本の中での基準だし、例えばヨーロッパに行けばオーガニックの基準は変わる。どちらが良いとかではなく、本質やルーツを「知る」こと、考えることを忘れてはいけないね。

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yae:ナチュラルワインのこれからの可能性は?

澄也:正直、可能性とは逆に、危機感を感じるな。そもそも大量に作られるものではなく、作り手の「想い」に値段がつくところがいいのに、本質を無視された状態で大量生産・大量消費するようになってしまえば、流行り物のようにブランド化してしまうから。そうなると、クオリティも低く、価値の付けどころがない“ナチュラルワイン”が流通することになったり、差別化が難しくなったりしてしまう。

yae:流通することを妨げるのではなく、本質的に理解して、作り手の想いを繋げることが、私たちにできることなのかな。

澄也:今までは人口の増加で生産が追いつかず、大量生産が良いとされる時代だったけれど、少子化や新型コロナの流行で、今世界的に価値観が変わってきている。今までのことを振り返りながら、これからの選択を改めて問われる時代になってきていることが、これからの可能性かもね。

yae:おいしく、楽しく、大切に飲みたいな。

澄也:ナチュラルワインを好んで飲むのだったら、自分でも背景を意識して飲むともっとおいしくなるし、面白くなるよ。

田井:飲んで「おいしい」で終わってしまうのではなく、話を聞いたり生産者のことを調べるうちに、だんだんとわかるようになって楽しくなっていくから。そうしたら、次に飲んだ時「きっとここのワインかな?」って予想できるだけでも、すごく楽しくなる。

土が健康じゃなければ、地球には何も生まれない

自粛期間に多くの人の収入は減り、食事も質よりも安さを優先せざるをえなかった人もいただろう。そんな周りの人々の食生活を心配した澄也くんは、農家から直接野菜を購入し、スーパーの野菜よりも低価格で、質のいい野菜を自転車で配達した。

そんな野菜たちを使った料理を振る舞いたくて、田井くんと澄也くんはAwashima102で1日限りのPOP UP「grounded」を開催。そのイベントでは馴染みの深い、九州の農家の野菜を使う予定だったけれど、無情にも豪雨の影響で野菜が根腐れしてしまい、仕入れられなくなってしまった。急遽友人に紹介してもらった山梨の農家の野菜を使い、イベント後には直接農家を訪れたという。

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Awashima102 Bistroで開催されたPOP UPのポスターと二人

yae:イベント名の「grounded」はどういうニュアンスでつけたの?

澄也:地に足をつけるという意味にプラスして、その先の自分が立っている地球のことも考えること。

yae:田井くんがよく言っている「土が全て」という話に繋がるんだね。

田井:土からできたものがあって、自分たちは生活をしている。原始時代まで遡ると、土が無ければ木も育たないし、家も料理を作る鍋も、食器も、もちろんほかの植物も存在しないでしょう。土は水をきれいにするし、森の中の動物は土から生えてきた植物を食べる。その自然のサイクルが森を豊かにしている。

yae:それを聞くと、お二人が食材のルーツをきちんと理解して、大切にしている理由がよくわかる。

田井:いい土から生えてきた草と共存している野菜は、その土地の自然のサイクルの中でできた栄養を吸って野菜になる。それを食べた時の格別な味わい深さと、力強いおいしさの理由を辿ると、土や自然環境、農家さんに必ず答えがある。畑に行けば行くほど、農家さんと話せば話すほど、農家には尊重すべきそれぞれのスタイルや考えがあることがわかるんだよね。

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※ おしらせ!! 来週7月12日 @awashima102 で イベントします! @sumiyaomori にワインやってもらって 僕は旬の野菜と魚介を中心に料理します!! 健康な土で自由に育った自然農の野菜や 完璧なまでに神経締めされた三ツ星の 鮨屋かそれ以上の魚を使うので僕は 余計なことはしないでシンプルな イタリア料理作って自然のパワーが 死なずに皿の上で生きてる本当の 美味しいって食材を特に同世代に 食べて感じてもらえたらなー、と思ってます。 まぁ、とりあえずめっちゃ一生懸命、  頑張るから12日、12〜24時までやるんで 来れる人はみんな顔出しに来て下さいい!!!!!❤️ ⤵︎にスミちゃんの文章引用して 貼っておきます、この文の最後にも 書いてるけど来れる人はDMくれると 助かります🙏 (以下引用⤵︎) "Grounded"共起表現、基底、根拠、素因また、 地に足がついたという意味でも使われる。 これにはどれだけの人が地に足をつけ 生活しているのだろうか。 さらにどれだけの人がその足の下で起きている事に 目を向けられているのだろうか。 そんな想いを込めました。 3月末から日本でも猛威をふるい始めた 新型コロナウイルス。 自宅待機を余儀なくされ、働くことができず給料も 減り生活の水準が落ちた人を沢山見ました。 それが嫌で地方農家から直接無農薬の野菜を仕入れ、 自転車で配達してました。 今回はその農家の野菜を中心に無農薬や有機野菜、 天然の魚などを使った料理を@masaki_taiがアラカルトで作ってくれます。 ワインは僕が選びます。 発酵ジュース使ったカクテルも作ろうかな。 飲食業界に携わる者としてみんなが音楽や洋服を 選ぶように、野菜を始めとする食べ物を選ぶきっかけに なれたらと思っています。 スポンジから育った野菜より何倍もおいしいものが あるんだっていうことを感じて欲しいです。 なおこのご時世ですので体調の悪い方の来店は固く お断りしますまた状況によっては イベント自体の中止も視野入れております 無理することなくどうかご自愛下さいませ。 元気な方は一緒に乾杯して楽しみましょう 何時ぐらいに来れるかDMくれると嬉しいです!

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気分的にはもう半年程前の気分ですが、まだ1週間しか経ってなかった。 イベントに来ていただいた皆様本当にありがとうございました。料理を食べて漠然とおいしいと言うのではなくて、みんながインゲンがおいしいとか鯖がおいしいとか食材について話している姿がとても嬉しくて愛おしくて。いい時間だったなぁ🍷 僕たちがこのイベントが出来たのは、毎晩しこたま飲ませてくれて、食材との向き合い方を日々見せてくれている @restaurantkabi のおかげです。一回皆にも来て体験して欲しいです。今お得なので僕と同じ世代の人にも手が届くかなと。 何かを変えるにはどれだけの人が同じテンションで動けるかどうかなんだと思います。どうせ転がるならいい方向にってね。 2人の写真がこれしかないので、たい君事故ってるけどしょうがないね。 またやります🥚

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農家に足を運ぶことで感じられること

yae:仕入れ先の畑にはよく行くの?

澄也:個人的に好きな農家に会いに行くなど、定期的に行くようにしている。やっぱり目で見て、農家さんと話して、そこの土を足で踏むことでわかることが沢山ある。野菜を育てることが、どれだけ大変なことなのかを体感すると、より大切にしようと思える。

田井:頭の中だけでは思いつかないことも、実際に行って見たり話を聞いたりしてみると思いつくんだ。厨房に野菜を並べて何を作ろうかと考えるよりも、畑にいるときに料理のインスピレーションなりアイデアが浮かぶ。いくら資料を読んだり詳しい人に話を聞いても、伝わってこない部分もあるからね。

yae:料理をする上で大切にしていることはなんですか?

田井:土から始まって野菜になるまでの過程で十分おいしくなっているから、最後の仕上げとして、少しだけ手を加えるという感じ。野菜自体がいいものは、いじる必要がない。そのため、「良いもの」と「悪いもの」を混ぜて調理しないようにしている。せっかく、いい野菜があるのに、添加物だらけの調味料で味付けをしては勿体無いからね。時間をかけて育てられた野菜も、料理としてお皿にのれば、数分で食べられるでしょう。その野菜の個性が最大限に、生かされる工夫をしてあげる。

田井くんの思想が詰まったレシピ

今回は特別にシェフの田井くんから、家でも簡単に作れる、素材の持ち味を最大限に生かした「きんぴらごぼう」の作り方を、実際に調理してもらいながら教わった。

材料もレシピもシンプルでありながら、工程一つひとつにきちんと理由がある。例えば、ごぼうは水に浸けてアク抜きするものだと思い込んでいたけれど、無農薬のごぼうを水に浸けると旨味が飛んでしまう。なるべく生の状態で食べるのが、栄養を残し、旨味を感じられるため、火を通す時間を短くするように天日干しをしたり、野菜や天候によって工夫するのがポイントだ。

味付けについては、調味料の味を重視する人も少なくないが、田井くんはあくまでも「素材そのものの味」を大切にする考え方を根底に持っている。きんぴらごぼうを作るのに醤油と砂糖を少々調味料として使うが、そのときに使う野菜が持っている味を中心に考え、使用するにんじんの甘さが強ければ砂糖を減らし、にんじんの香りが強く味が濃いなら醤油を減らし、反対に弱いなら多く入れるなど、使う量を素材に合わせて調節しているという。野菜の味を意識して調理するきっかけに、自分で味をみながら適量の調味料を入れて作ってみたい。

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考え方を体現する二人が、自然と人を惹きつける

出会って間もない、名前も職業もどんな人かも知らない二人に、なんとなく惹かれたのはどうしてなのだろうと思っていた。だけれど、二人と話していくうちに、大切なものを大切にするというシンプルな優しさから溢れ出ている魅力なのだと感じた。料理やワインが自分の目の前に置かれるまでの、バックグラウンドやストーリーを知ることは、きっと人の心を豊かにさせる。

どうしておいしいのか、食材はどの国の、どういう土地の、どんな環境で、どんな人に育てられたのかなどを意識して、おいしさの根っこにまで近付こうとする中で、様々な物語を知ることができる。完成された料理を、写真に撮ってシェアをして終わりにしてしまうのでは、物語の奥深さが変わってしまうだろう。

「サスティナビリティ」「オーガニック」「ナチュラル」「ダイレクトトレード」などは、わたしたちが見直すべきことを、改めて考るきっかけになるキーワードだ。言葉たちの本質的な意味を探すことが大切で、それは日本や世界で起こっている全てのことや、問題についても共通して言えることだと思う。

「『良いもの』とはどういうもの?」と聞くと、「単純においしいということ」だと答えた二人。彼らの「おいしい」は、口に入れた時の美味しさだけではなく、口に入れられる前の背景も含めての、おいしさだった。選んだものや好きなものを知ること、使うこと、味わうことへの想いや責任感が、自然と彼らの一部となり現れていた。

田井くんが土の話をしているときの表情は少年のようで、「畑や山に行って、土を踏めばすぐにわかるよ」という二人の言葉が、わたしの中にとてもつよく残った。そんな彼らのさりげない言葉や想いが、人柄や料理、ワインの選び方に現れて、周りの人々に連鎖しているのだと思った。

yae

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1997年東京生まれ。ニューヨークの高校に留学していた15歳〜19歳の間、人との出会いを大切にしながら、さまざまな文化や価値観に触れる。今は、現代の「もの」のあり方を改めて考えるきっかけを作れるよう、自身の表現方法を探索中。シンガーとして都内を中心としたミュージックイベントに出演したり、アートワークの展示をしたりしている。

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Location provided by Awashima102 Bistro
住所:世田谷区若林2-31-12-102
電話番号:03-6413-8911
営業時間:平日18時〜
日曜日12時〜
定休日:火曜日
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