「好きな広告ってある?」と聞かれて、何を思い浮かべるだろうか。誰にでも一つは強烈に印象に残っている広告があるのではないかと思う。それは小学生の頃に見たテレビCMかもしれないし、自分の好きなアーティストやミュージシャンが起用されたポスターかもしれないし、Instagramのフィードに流れてきたキャンペーンかもしれない。
今回NEUTは、これまでに取材してきた人や記事制作に関わってくれたクリエイターたち11人に、好きな広告や影響を受けた広告を一つずつ挙げてもらい、それぞれの言葉でなぜその広告が心に残ったのかを綴ってもらった。
良くも悪くも広告は影響力を持つなか社会の最前線を行く彼らは、どんな広告に注目しているのだろう。もしかしたら何らかの広告をきっかけにして彼らはクリエイティブなマインドを持つようになっているかもしれない。そんな広告の持つ可能性が見えてくれば幸いだ。
「何かを信じろ。たとえそれで全てが犠牲になるとしても」という力強いメッセージ
NIKEによるコリン・キャパニック選手を起用した「Just Do It」キャンペーン30周年記念広告
NIKEはJust Do Itの広告“Dream Crazy”にコリン・キャパニックを起用した。キャパニック選手は人種差別に抗議し国歌斉唱中に起立を拒否し、実質的にリーグから追放されていた。この広告は物議を醸し、不買運動も広がったが、広告を通して社会正義について誰もが考えるきっかけとなった。NIKEは商品を広告するだけではなく、哲学を広めることに成功したと言えるだろう。“何かを信じろ。たとえそれで全てが犠牲になるとしても”
紹介者:嶌村吉祥丸(写真家)
東京生まれ。ファッション誌、広告、カタログ、アーティスト写真など幅広く活動。主な個展に”Unusual Usual”(Portland, 2014)、”Inside Out”(Warsaw, 2016)、”about:blank”(Tokyo, 2018)など。
世の中にはものが溢れているけれど、自分が本当にほしいものってなんだろう
1988年の西武百貨店の広告
糸井重里さんがコピーを担当した『ほしいものが、ほしいわ』。
みんな「ほしいもの」ってあるのかな?喉から手が出るほど欲しくて欲しくてたまらなくて、思い出すだけでにやにや口角がぴくつくから我慢するために唇を噛んでしまうような、同時に胸のあたりがきゅっと締め付けられて涙が出そうになるような、そんなもの。
とまではいかないけど、私は最近それがなくて、というか本当にほしいものから目をそらしてしまっている気がしてなんだか気持ちがわるい。久々に見た(ピンタレストでつくったお気に入りの広告フォルダの中にあった)この広告はなんだか今の私に響いた。かれこれ31年も前のものだけど。「ほしいものが、ほしい。」という気持ちは昭和でも、平成が終わっても、これから令和を生きていっても変わらないことであってほしい。子どもの頃は雑誌に夢中で、好きな雑誌の発売日は私にとって世界が更新される日だった。少しだけ自分の見る世界が拡張された今、「ほしい」と思うものが欲しい。もっと真剣に、狂おしいほどに追い求めてしまうもの。価値が変わらないもの。
そして、自分もそれになりたい。
ほしいものはいつでも
あるんだけれどない
ほしいものはいつでも
ないんだけれどある
ほんとうにほしいものがあると
それだけでうれしい
それだけはほしいとおもう
ほしいものが、ほしいわ。
紹介者:haru.(株式会社HUG取締役、HIGH(er) magazine編集長)
1995年2月生まれ。プロデュース事業・アーティストやクリエイターのサポート事業を行う株式会社HUGの取締役であり、インディペンデントマガジンHIGH(er)magazine編集長。HIGH(er)magazineでは「私たち若者の日常の延長線上にある個人レベルの問題」に焦点を当て、「同世代の人と一緒に考える場を作ること」をコンセプトに毎回のテーマを設定している。そのテーマに個人個人がファッション、アート、写真、映画、音楽などの様々な角度から切り込む。
7月の特集「AD, Not Found」での取材記事はこちら
エイズ危機や人種問題を扱いながらも、チャーミングな広告
オリビエーロ・トスカーニが手がけた1991年春夏のベネトンの広告「Condoms」
なんで多様性とか難民のこととか考えなきゃいけないんだろう?
その純粋な疑問、すごくわかります。
このベネトンの広告は社名を象徴するようにカラフルで形も大きさも様々なコンドームが並べられていて、
当時流行っていたエイズ感染への警鐘と、人種の多様性を同時に表現している。
大きさは人それぞれだし、合う合わないがあって当然、
世の中には色んな人がいるな、そういうことを忘れてたなって、
コンドーム買いながら思うのもキュートで素敵。
他人や、自分のまわり以外で起きてる、考えなくてもいいようなことを、
想像する余裕みたいなのを、与えてくれるこの広告が好きです。
紹介者:Motoyo ‘Jo’ Uzawa(映像ディレクター、写真家)
2019年に制作したショートフィルム 「Midnight/0時」がフランス カンヌで行われたYoung Director Awardにて日本人女性監督として初めてシルバーを受賞。その他、CMを始め、MVなどを精力的に手がける。映像制作プロダクションTOKYO所属。
自らを「世界一奇妙な容姿のモデル」と称するスーパーモデルを起用し、“美の基準”に華麗に挑戦
写真家ヘルムート・ニュートンが撮影したAbsolut Vodkaの1995年のキャンペーン
ヘルムート・ニュートンがクリステン・マクメナミーを撮影した1995年のAbsolut Vodkaの広告です。広告対象商品がウォッカであるにも関わらず、全くウォッカが映ってません。誰もが”absolut”と聞いたら自動的に”vodka”と思うこのブランドの西洋圏での圧倒的知名度を利用し、もはやウォッカを見せず、ファッション界切っての挑発的なフォトグラファーと異端児モデルを使ってオートクチュールを魅せています。そしてJohn GallianoやHelmut Langなどの高級メゾンのブランド服を着せてブランド名の前に自らのブランド名”Absolut”をつけてマーキングし、パロディ広告っぽくするギャグ線も兼ね備えています。ブランドが持つ自信と余裕、そして型からサラっと、でも大々的に踏み出ちゃう上品さに脱帽です。
紹介者:歌代ニーナ(アーティスト)
Website|YouTube(Thirteen13)|Instagram|Streaming site
スタイリスト/エディター/ライター。インディペンデントマガジン
ピザを安全にデリバリーするため、道路の舗装に乗り出したピザチェーン
米ドミノ・ピザのキャンペーン「Paving For Pizza 」(ピザのために舗装します)
There were SO many city nominations for #PavingForPizza that we decided to pave one pothole in each of the 50 states! What pothole should we fix next? pic.twitter.com/BCUW5vlF4I
— Domino's Pizza (@dominos) 2018年9月11日
ドミノ・ピザの『Paving For Pizza』。宅配員がピザを安全にデリバリーできるよう凸凹の道路を自費で舗装し、その上に自社ロゴをステッキングした。もう随分長いこと“広告”なんていらないと叫ばれているけれど、単なるADを超えて、社会に実益をもたらすACTIONを設計できていれば、そのブランドはむしろ大きなリスペクトを得る。いよいよ美辞麗句に意味がなくなった時代で、広告のあり方を問い直した最高にクールでチャーミングな事例。
紹介者:TAITAN MAN(ラッパー、コピーライター)
1993年生まれ。3人組ヒップホップグループDos Monosのメンバーとして活動中。2017年には韓国・ソウルでのライブやSUMMER SONIC2017への出演を果たした。2018年には日本人として初めてアメリカ・LAのレーベル「Deathbomb Arc」との契約を結び、初の音源「Clean Ya Nerves」をリリースし、。2019年6月6日に1st アルバム「Dos City」のリリースパーティを開催した。
持ち運んで崩れてしまったとしても、ケーキは人を笑顔にする
コージーコーナーの「みんなを笑顔にするスイーツ」をテーマにした企業広告
ケーキ屋で有名なあのコージーコーナーの広告なわけだが、どれもケーキがぐにゃりと箱の角で崩れている。大丈夫?と一瞬焦るが、よく見ると余白には「今すぐ一緒に食べたくて」「自分で持ちたいっていうから」というコピー。シンプルだけど、箱の外に広がる人生が見える。ケーキを選ぶ時間、帰り道、そして箱を開けた先の大切な人の顔。ケーキなんて毎日食べるもんじゃないからこそ、きっとどの瞬間も特別。脳裏に浮かぶあの人との思い出と、私の人生があって完成する広告。
紹介者:枝優花(映画監督)
1994年生まれ。映画監督・写真家。初長編映画『少女邂逅』が新宿武蔵野館を始め全国公開し2ヶ月のロングランヒットを記録。香港国際映画祭や上海国際映画祭に招待。バルセロナアジア映画祭では最優秀監督賞を受賞。2019年日本映画批評家大賞にて、新人監督賞を受賞。またSTU48やindigolaEnd、KIRINJIなどの多くのアーティスト作品を手掛ける。
10年以上あらゆる人種や年齢、体型のモデルを起用し続けるダイバーシティ広告の元祖
Doveの世界的なマーケティングキャンペーン「Dove Real Beauty Campaign」
Today we celebrate the perfect REAL body and all the women who have said "#IAmPerfect the way I am." #TBT pic.twitter.com/CFD2GfokGE
— Dove (@Dove) 2014年10月30日
ユニリーバのDoveによる「Real Beauty」のキャンペーンが好きです。2004年に始まったこのキャンペーンは、当時、あらゆる人種、年齢、体型の女性をモデルとして起用し話題になり、本当の美しさとはなにかという議論がなされるきっかけとなりました。リスキーなまでに革新的なモデルのキャスティングだけでなく、広告が、広告のあるべき姿を問いかけるという構造にも、うーんと唸らされます。
紹介者:タニムラリサ(ライター、マーケター )
外資系ラグジュアリファッションブランド、化粧品ブランドなどのマーケターとして活動。同時にライターとしてNEUT Magazineほか、様々な媒体でファッションやフェミニズムなどをテーマに執筆。現在起業準備中。
7月の特集「AD, Not Found」での取材記事は7/16(火)公開
インターネットに発せられたSOSを受け止め、助けにつなぐ取り組み
NPO法人OVAによる検索連動広告を用いたゲートキーパー活動
※相談したい場合はこちらから近くの相談機関が探せます。
NPO法人OVAによる検索連動型広告。自殺リスクの高いワードが検索された時に援助に繋がる広告を検索画面のトップに表示させる取り組み。弱ってしまった人間は自分の感情や状況を改善させる方法がわからないことが多い中で、検索エンジンにかけられる「死にたい」などの言葉は外部に向けて絞り出されたSOSであるとも言えます。ネット上に溢れる危うい情報を差し置いて、このようなSOSに必要な情報のアウトリーチを試みるこの広告をこの特集に挙げたいです。
紹介者:磯村暖(美術家)
tumblr(works)|Twitter|Instagram
美術家。アジアの歴史や宗教美術、フォークアートに関するリサーチを基にしたトランスナショナルな視点から現代社会を見つめ、インスタレーションや絵画などの制作を行う。近年の活動に国内外での展示の他、台湾の關渡美術館やタイのワットパイローンウア寺院での滞在制作、キース・ヘリング生誕60周年記念イベントでのコラボレーション、香取慎吾の呼びかけによる「NAKAMA de ART」に新進気鋭のアーティストとして参加など、フィールドを横断して活躍の幅を広げている。
シンプルで遊び心があって、人を惹きつける社会派広告の代表格
オリビエーロ・トスカーニが手がけた1990年春夏のベネトンの広告「Children on the pot」
これはイタリアのクリエイティブディレクターでありフォトグラファーのオリビエーロ・トスカーニが手がけた、多様性を表現したベネトンの広告。シンプルで遊び心があって、とても人を惹きつける。そんなマスが理解できるようなビジュアルや美学で作られていて、そういう意味でインクルーシブさがとても綺麗に実現されていると思う。ベネトンは広告を社会的な主張を発信する媒介として使っていて素晴らしいと思うし、それは最近のブランドの多くができていないことだと思う。
紹介者:Noemie Le Coz(デザイナー、クリエイティブディレクター)
ニューヨークを拠点とするオーストラリア出身のインディペンデントデザイナー。彼女のデザインの特徴はミニマリズムと独特な遊び心が融合された、多彩な美学を用いたアプローチ。ブランドの核の部分を蒸留し、メッセージを明確で新鮮なビジュアルに落とし込むことを得意とする。
7月の特集「AD, Not Found」での取材記事は7/8(月)公開
「Better Than New(新品よりもずっといい)」を掲げ、ユーズド製品を称える
ニューヨーク・タイムズ紙に掲載された、1994年製のパタゴニアのサーフ・トランクスを用いた広告「Better Than New」
Today's ad appearing in the @nytimes. Watch the full film here: http://t.co/zJ3MNkXzRW #WornWear #BetterThanNew pic.twitter.com/O9Hw25DSPJ
— Patagonia (@patagonia) 2013年11月29日
「新品よりもずっといい」これは、ボロボロになるまで着用された製品を讃える広告だ。機能性では十分に役割を果たさないかもしれない。でもそれをまだ着続ける理由は十分にある。刻まれたキズやダメージは着用者が歩んだ物語であり、製品への愛だ。服を大切にするということは、気を使って着ることじゃない。持っている製品を愛し使い切るユーザーのストーリーを賞賛するパタゴニア社の姿勢は、今でも僕の心を震わせます。
紹介者:木村昌史(株式会社オールユアーズ 代表取締役、ライフスペック伝道師)
『着ていることすら忘れてしまう服』をコンセプトにストレスからヒトをカイホウするプロダクトを開発しています。CAMPFIREにて24ヶ月連続クラウドファンディングに挑戦中。アパレルカテゴリで国内最高額のご支援をいただきました。現在、全都道府県でトークイベントと試着会を行う「47都道府県ツアー」で全国行脚中。
新しい楽器を手に「見えない壁」に立ち向かった子どもたちを追ったドキュメンタリープロジェクト
ヤマハによるコロンビアの子どもたちに向けた社会音楽活動と、その軌跡を追ったドキュメンタリー「I’m a HERO Program」
※動画が見られない方はこちら
I’m a HERO Programはヤマハによるコロンビアの子どもたちをサポートするドキュメンタリーです。広告というとグラフィックやCMを思い浮かべやすいですが、ヤマハのブランディングとして作っているので、これも立派な広告です。広告はだんだんとコミュニケーションに変化していると思っています。恐怖訴求や物欲を刺激する“広告”ではなく、私たちが何を考えていて、どう行動しているのか。それを表現する“コミュニケーション”が今在るべき形だと思います。その1つがこのI’m a HERO Programだと思っています。
紹介者:河澄大吉(写真家・ディレクター)
1995年生まれ
現在は東京に在住。
広告代理店でディレクターをしながら、
フリーでも写真、映像分野で活動をしている。
コピーで語らない広告の、心を引っ掻くような視覚的衝撃
COMME des GARCONS 1990春夏「Flower collage」エンツォ・クッキの作品と花の写真のコラージュ
画面いっぱいに写真がばーん!真ん中にロゴがどん!コム・デ・ギャルソンてなんなんだ!私はインターネット上で発見した画像に衝撃を受け、すぐに井上嗣也さんの本とコム・デ・ギャルソンのシャツを買った。心を引っ掻くような視覚からくる衝撃は、社会に対してのメッセージとなり、思考する余白を日常に与えてくれる。その先に何があるのか。その余白への導線が美しいほど、場所や時代に影響されることなく、人々を魅了し続けていく。
紹介者:RYOSUKE KATAOKA(アーティスト)
1993年岡山県生まれ。東京造形大学卒業。アーティスト。ドローイングを軸に、ペインティングやインスタレーションまで様々な媒体を使い制作している。受賞歴に第15回 “1_WALL” グラフィック部門 ファイナリスト。
※2019年8月2日20:15に内容を一部改めました。