「時間がない」、「忙しすぎる」。日々生きていて、そう思ったことはないだろうか。世間は休む暇も与えてくれず、時間にも心にも余裕はなく、自分が何のために生きているのかも分からなくなってくる。
そんな世の中で生きる私たちに普段は忘れてしまいがちな「幸せ」や「生きる」ことの意味を届けてくれる映画が日本で7月29日から公開される。フィリピンを舞台にある孤児の少女と盲目のギター弾きとの旅を描いた映画『ブランカとギター弾き』だ。
2015年に監督・長谷井 宏紀氏によって制作された本映画は、「幸せとは、生きるとは何か考える余裕を心に与えてくれる」。今回、Be inspired!は長谷井監督に本作への思い、そして現代社会における彼の使命についてなどの話を伺った。
「生きる力」の輝きを物語にしたかった
『ブランカとギター弾き』はフィリピン、マニラの路上で生きる少女ブランカが「お母さんをお金で買う」ことを思いついたところから始まる。そして彼女は路上で知り合った盲目のギター弾きピーターを巻き込み、母親を買うための旅に出た。この旅を通して、不公平な世界のなかで、様々な困難に直面する彼女だが、ピーターとの絆を深めながら、やがてお金では買えない大切なことに気づくのだった…。
Photo by Dorje Film
今作が長編監督デビューである長谷井氏。最初から映画を撮りたいと思っていたわけではなく、映像や映画を撮り始めたきっかけを聞くと、「特にないかな」とあっけらかんに答えた。
今回の制作は、彼が世界中をバックパックで旅していた時、毎年通っていたフィリピン・マニラのスラムである「スモーキーマウンテン」での子ども達との出会いや経験がきっかけだったそう。
自分にとって、そこにいた力強い子ども達から、「前向きな力」を感じることができた。そして彼らのその生きる力がすごく輝いているところを本当に物語にしたかった。
そして彼は社会に対してこんな疑問を抱いていたという。
子どもの頃って、ちょっとよく分からないことって世界中にいっぱいあるじゃん。「なんでお金持ちと貧乏はいるの」とか疑問に思うことが結構あって、大人になるといろんな角度で理解して、“分かった風”になる。でもそれをほんとに突き詰めていったら、すごいみんな分からなくなると思うんだよね。
確かに世界はとてもシンプルな問いで溢れていてる。でもそれをいちいち疑問に思い、解決するために行動に移している人は、多くないのではないか。
「見た人の心が温かくなってほしい」。彼が映画に込める思い
この映画がどこまでできているか分からないけど、やっぱり映画を見た人がどこか楽になってもらいたいなっていうのはある。見終わったあとに、心がちょっと温かくなれるような。
そう長谷井は自身の作品へのこだわり、映画に対する思いについて話した。
今僕たちが暮らしてる社会って「自分の居場所」がなかなか見えづらいし、見失ってしまいがち。そんな社会の中で、主人公のブランカは社会に「大事なもの」があることを見つけ、貧しい状況でも、たくましく乗り切っていく。彼女の姿を目の当たりにして、何かみんなに勇気を感じてほしい。そういう感じで映画が広がってくれると嬉しい。
「大人になって行くうちに忘れてしまった感情」や、「先進国で生きることで忘れてしまった感覚」をこの映画で思い出させてくれる。先進国である日本で育った人に響く、彼の熱いメッセージが込められているのだ。また、自身のスラムでの人間関係を通して先進国に暮らすことで忘れてしまいがちな感情や感覚といったところを表現できたことも大きいという。
いろんな人間関係があっていろんな人に助けられながら、ほとんど助けられながらいろんなものを経験させてもらってきた中で、自分が思っていたことをシンプルで小さな映画だけど表現できた。
彼の伝えたいことや思いは“生きる力の美しさ”、“みんなに勇気を感じてほしい”というようにいたってシンプル。しかしそれが生きる上でとても大事なことなのかもしれない。
発信できる人が発信し続けていくことが大事
非常に忙しい生活を送っている我々日本人は自分以外のもの、関係のないものに対して目を向けられない、気にしていられないのではないか。
生活していて、自分に関係ないものを気にする余裕がないんだと思う。忙しすぎるんじゃないかな。逆に言うと、余裕があれば、みんな自分以外のものに対して議論しあう時間も作れるけど、それを言ってられないんだと思う。だからやっぱり僕みたいな時間に余裕があって、発信できる人が発信し続けていくっていうことが大事なのかもね。
こういった日本社会の現状が彼を映画製作へと駆り立て、「人の価値観だったり、心にある壁を壊してあげること」、そして「時間に追われ自分以外のものに関わっていられない人と社会から見放されている人との架け橋になること」が彼の使命になっているのではないだろうか。
何かと時間に追われるこの世の中で、常に余裕を持って生活するのは難しい。しかし長谷井監督の映画『ブランカとギター弾き』が、今を生きる上でほんの少しのだけ「時間」、そして「心」に余裕を与え、「本当の幸せ」を考えるきっかけになるに違いない。
長谷井 宏紀(Kohki Hasei)
岡山県出身 映画監督・写真家。セルゲイ・ボドロフ監督『モンゴル』(ドイツ・カザフスタン・ロシア・モンゴル合作・米アカデミー賞外国語映画賞ノミネート作品)では映画スチール写真を担当し、2009年、フィリピンのストリートチルドレンとの出会いから生まれた短編映画『GODOG』では、エミール・クストリッツァ監督が主催するセルビアKustendorf International Film and Music Festival にてグランプリ(金の卵賞)を受賞。
その後活動の拠点を旧ユーゴスラビア、セルビアに移し、ヨーロッパとフィリピンを中心に活動。フランス映画『Alice su pays s‘e’merveille』ではエミール・クストリッツア監督と共演。2012年、短編映画『LUHA SA DESYERTO(砂漠の涙)』(伊・独合作)をオールフィリピンロケにて完成させた。2015年、『ブランカとギター弾き』で長編監督デビューを果たす。現在は、東京を拠点に活動中。
【作品歴】
『GODOG』2009
・kustendorf国際映画・音楽フェスティバル グランプリ金の卵賞
『LUHA SA DESYERTO砂漠の 涙』2012
『ブランカとギター弾き』2015
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【あらすじ】
二人でいれば、悲しみは半分。しあわせはたくさん。夏の果ての街角を、愛の歌が通り抜けていく―
窃盗や物乞いをしながら路上で暮らしている孤児の少女ブランカは、ある日テレビで、有名な女優が自分と同じ境遇の子供を養子に迎えたというニュースを見て、“お母さんをお金で買う”というアイディアを思いつく。
その頃、行動を共にしていた少年達から意地悪をされ、ブランカの小さな段ボールで出来た家は壊され、彼女は全てを失ってしまった。途方に暮れるブランカは出会ったばかりの流れ者の路上ギター弾きの盲人ピーターに頼み込み、彼と一緒に旅に出る。
辿り着いた街で、彼女は「3万ペソで母親を買います」と書かれたビラを張り、その資金を得るために窃盗をする。
一方でピーターは、ブランカに歌でお金を稼ぐ方法を教える。ピーターが弾くギターの音に合わせて、歌い出したブランカの歌声は街行く人々を惹きつけ、二人はライブ・レストランのオーナーから誘われて、幸運なことにステージの上で演奏する仕事を得る。十分な食べ物、そして屋根のある部屋での暮らしを手に入れ、ブランカの計画は順調に運ぶかのように見えたが、二人の成功を快く思わないレストランの従業員に店の金を盗んだと罪をなすりつけられ、彼らは再び路上に戻る羽目になってしまう……。
※こちらはBe inspired!に掲載された記事です。2018年10月1日にBe inspired!はリニューアルし、NEUTになりました。