「伝統的じゃないパートナーシップのあり方を模索していきたい」コムアイ&太田光海が初の子を迎えるなかで思うこと 後編

Text: Yoshiko Kurata

Photography: Takako Noel unless otherwise stated.

2023.4.27

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 型にとらわれることなく、お互いの信頼関係で築き上げていくパートナーシップはどのように形成されていくのか。前編に引き続き、後編ではアーティスト・コムアイと映像作家で人類学者の太田光海が「恋人同士」として初の子を迎えることにあたり、妊娠発表から実際に通う婦人科を通して感じる、現状の社会の風潮について語る。また、そんなプロセスをドキュメントする映画『La Vie Cinématique 映画的人生』の製作を通して見えるコムアイの魅力、胎児の世界、そして自分たちの行動によって伝えたい思いを聞いた。

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「当事者であることをいかに男性から奪わないか」という意識

―ニュースの発表に際して、賛否両論あらゆるリアクションがあったと思いますが、印象的だった内容はありますか?

コムアイ:自分のSNSアカウントではお祝いや出産の無事を祈るコメントをいただくことが多かった一方で、ニュース掲載の「籍を入れずに子どもを認知」という見出しに対して「一人で育てる」と思った方が意外に多くて。「不倫の子どもを『認知』する」というような言い回しでこれまで使われてきたからか「一緒に育てる責任を持たない」という印象が強かったみたいです。今後、私たちのようなカップルが増えれば変わっていくのかなと思いました。

―海外で出産予定だそうですが、どのような経緯で?

光海:コムちゃんから海外で産みたいという話が出て。

コムアイ:できれば森があるところ、微生物が多様で滅菌されていない環境、光海くんの立ち会いが自由にできる、などが最初に頭に浮かんだ希望でした。都会に住んでいるくせに、初めての出産となると、どうも都会がピンとこなくて。これは妊娠してみて、自分の身体がサルのような、ほんとに動物なんだ!と気付いたことが関係していると思います。あとは、本能に任せて動きながら、産む姿勢を探れることも大事な条件だと分かってきました。日本の助産院では自由な姿勢で産ませてもらえるところが多いようなのですが。病院の場合、妊娠・出産は病気じゃないのに医療扱いされることが気になってしまって。昔ながらの方法で出産の知恵が受け継がれている場所で産みたいなと思っていて、不安がないといえば嘘になりますし、無理にでもと思っているわけではないのですが、なるべく自分の理想とする環境で産めたら嬉しいです。

光海:最初にコムちゃんが海外出産を希望したときに話していたのは、「子どもが産まれる = ハッピーなこと」なのに現状の日本では、あまり楽天的でオープンな出産体験になりにくいという感覚があると言ってたかな。

コムアイ:そうなんです。私は欲を言えば、出産は友達にも家族にも見てもらいたい。実際に出産のシーンを自分も見たことがないのが産むのに不利だと思ったんだよね。もし、近所の人の出産が見れたら想像がしやすいのになあと思って。まあ出産してみて、もし2人目を妊娠したときは、子育てで余裕なさすぎてこんなにじっくり考えてられないかもしれないけど(笑)

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―海外へ行くまで現在検診は、日本の病院に通っていると思います。場所を決めるときに意識したことはありますか?

コムアイ:一番最初に産婦人科に光海くんと行ったときに、レース装飾やピンク色のフェミニンな内装で男性にとって居心地の悪い場所だなと感じました。というか、私も居心地が悪い。

光海:今通っている場所は、昭和の喫茶店みたいな場所で、おじちゃん先生一人でやってるところだよね。

コムアイ:内装だけじゃなく、先生や看護師さんが男性をおまけのように扱う病院も避けたよね。実際に妊娠をしているのは私だけど、どちらも理解度を深められるように説明したり、質問しやすい状況をつくったりしてくれるところを選びました。そうした環境で、一緒に毎回検診に行くことも大切なプロセスだと思ってます。たとえパートナーがいなくとも、産後一緒に育ててくれる親や友達がいたら、一緒に行くのをおすすめします。光海くんが毎回付き合ってくれて、帰り道で先生からのアドバイスに対してお互いどう思ったか話したり、エコーを見る驚きも一緒に体験できていることで、心細くなく、楽しく妊娠生活を送れていると思います。

光海:病院の環境以外でも、男性の孤立を感じることはあります。現状、やっぱり子育てに関わっている男性の絶対数が少ないように感じていて、周りの男性と話しても「男は分からないからさ!妊娠中の女性の感情の浮き沈みは激しいから言われたことだけやっとけ!」というようなリアクションが多いんですよね。でも僕自身は対等に理解したい気持ちがあるので、自分の立場をわきまえて諦めるようなことにはもどかしさがある。

コムアイ:妊娠報告を周りにするときも「おめでとう!頑張ってね」と言われるのは私だけだったりするよね。

光海:コムちゃんと古くからの付き合いの人たちであればそうなるのも理解できるけど、男性側が祝福されないマイクロアグレッション的な経験が積み重なると、子どもが生まれる前から社会的に子育てから排除されていく要因にもなり得るよね。僕自身は育てたいし、参加しているつもりなんだけど。

コムアイ:身体的には光海くんは妊娠できないけど、二人で妊娠しているような感じで乗り越えていきたいと思っていて。「当事者であることをいかに男性から奪わないか」という意識が社会のなかで必要だと思いました。

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―といっても、なかなか会社勤めしていると毎回の検診通いや妊娠のプロセスに立ち会うことも難しいイメージがあります。

コムアイ:私の父親はサラリーマンだったので、最近子育てについて話したときも「君を妊娠していた当時の記憶があまりなくて。とにかく仕事で忙しくしていて、ママをケアできていなかった」と聞くことはありましたね。

光海:でも、男性も権利上は有給取って仕事を休めるよね。会社の上司の目や社会的な問題で休めないかもしれないけど権利はあるから、僕が会社員だったとしても休んでも一緒に行ってたと思います。一人では勇気のいることだけど、みんながやれば「静かな革命」になるんじゃないかな。自分が持ってる権利をちゃんと使うことが、ひいては子どもにとっても良いことだと思うし。

「胎児の視点からこの世界がどう見えるか」

―コムアイさんは、これまでに歌うこと以外にも自分の身体を使ったパフォーマンスを発表してきましたが、自分の身体が徐々に変化することをどのように感じていますか?

コムアイ:まず今まで自分の性別を、社会的にも人格的にもはっきりと定義づけたことはなかったんです。でも実際に妊娠してみて、ジェンダーとはまた別の「妊娠した性」としての役割を残酷なほど感じさせられました。別の命に宿を貸している感覚です。お腹の中で育っていく様子は愛おしいのですが、精密なデザインで人間に仕上がっていくのはとても不思議です。自分がせっせと作っている感覚はないし、胎児が考えて自らを作っているわけでもない。どんどん確実に作り出されていく工事現場って感じ。身体が勝手にやってくれているんです。そうしたプロセスを先祖代々ファミリーツリーのなかで繰り返してきて、今の私たちがいると考えたときに存在する全ての生物に神秘を感じました。

光海:僕はコムちゃんのように身体が変化しているわけではないから、違う感覚かも。それでもなんていうか、宇宙の塵としての自分という存在を改めて感じる。コムちゃんと似たような感覚で、これまでいろいろな物質の衝突や生成の上に地球ができて、生命が生まれてきた歴史を想像して、まさにその一部に僕もいることをひしひしと感じるかな。

コムアイ:全員このプロセスを踏んでいるから普通のことだと認識しているけど、これだけ人類が多様な発展や進化を遂げてきても「生まれてくる」ってことだけは、数百万年前から変わらずプリミティブなプロセスなのが興味深いよね。

―今回妊娠報告のほか、クラウドファンディングで映像作品『La Vie Cinématique 映画的人生』の製作していることも発表されていました。妊娠する前に、コムアイさんと出会ってからもともと撮ろうと考えていたのでしょうか?

光海:もともとコムちゃんのことはどんな形であれいずれ作品で撮れたらいいなと思っていました。映像作家の立場から彼女にパフォーマー、役者としての魅力を感じてたので。でもここ1年くらいは別の作品の構想をずっと練っていて、今回の作品の製作に向けて踏み出そうと決心したのは本当に妊娠前後くらい。前作の『カナルタ 螺旋状の夢』の上映から、トークイベントの出演や文化人類学の分野での講演に呼ばれることはあったけど、新作をいざ作るとなるとあんまりイメージができていなくて。そういうときに私生活ではコムちゃんの妊娠中のサポートをしているなかで、自分は別のテーマで新作を撮るからそのための時間と労力を別で捻り出そう、とは単純に思えなかったんです。それなら、今自分が一番大事に思い、日々向き合っていることをそのまま撮れば、生活と制作が直に結びつく。そこから自然と、コムちゃんをドキュメンタリー的に撮影しようというアイデアが浮かびました。以前から友人にもコムちゃんをドキュメンタリーの主題として撮ることは面白いんじゃないかと言われてて、当時はピンとこなかったけど、よく考えてみれば僕が研究している文化人類学の観点からも、妊娠・出産のテーマ、そしてコムちゃんという存在自体が社会的にも興味深いと思って撮り始めました。

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―作品の内容について、現段階で分かることを教えてください。

光海:コムちゃんについて元「水曜日のカンパネラ」のミュージシャンとして知っている人は多いと思うんですけど、そこを出発点としながら、最近だと日本の民俗芸能や現代アートに関心を持っていて、活動の幅が広がっています。例えば、盆踊りに参加したり、山形の黒川能を実際に見に行ったり、本人も「やんばるアートフェスティバル」での展示や「Antibodies Collective」のパフォーマンスに出演などさまざまな活動範囲を横断しています。基本的には、そうしたコムちゃんの活動の場に僕も同行して撮影していますね。コムちゃんが業界やジャンルや国境を横断し、リミックスしながらこの世界に新しい線を引いていく、その過程を胎児の発生と重ね合わせながら記録しつつ、これまでにない「景色」を表現として追究する作品になると思います。

コムアイ:だから妊娠と出産だけを追っている作品ってわけじゃないよね。

光海:そうだね。妊娠中のコムちゃんを追っていくことで、「胎児の視点からこの世界がどう見えるか」ということをコンセプトに撮影しています。コムちゃんの活動の場には、必然的にお腹の中にいる胎児も一緒に存在している。だから彼女の感情や動きが全てお腹の中にも影響してきているわけで…。科学的に厳密な意味で「胎児の視点」にはもちろん立てないんだけど、「もし立とうとしたらどうなる?」というトライがしたい。「他者を理解する」という無理難題にあえて取り組む人類学の発想にやっぱり近いのかな。

コムアイ:母親の気分は、胎児にも影響が出るっていうよね。自分の意識としては、被写体というよりも「案内人」という感じです。映画の提案をされたときは、私を撮影しても、そんなに面白くないんじゃないかなあと言ったのですが、光海くんから「俺が撮影すればいい作品になる」って言われたので何も言えませんでした(笑)。

光海:コムちゃんという「窓口」を通して、さまざまな分野の活動の裏側が覗けるような映像になっています。実際にコムちゃんの面白さとして、パッケージやカテゴリーに惑わされずに物事を見る姿勢があって。一見、自分の価値観と相入れないものでも、面白いと思えるポイントをすくい取って飛び込んでいける人なんですよね。僕も前作で西洋の先端的価値観が強いイギリスからアニミズム(自然信仰)的社会ともいえるアマゾンに行くときに、まともに両者に感覚をなじませようとしたらかなり分裂した状態になるので、自分が存在する社会の既存の価値観に惑わされずに、自分にとって大事に思えるポイントを解像度高く見極める意識をしていた。そういう感覚がコムちゃんと共鳴する部分はありました。撮影を通してコムちゃんと一緒に行動するなかで、断片的とはいえ、そうしたパッケージ化されない形で世界を捉えられているように感じます。主な撮影地は日本ですが、英語・スペイン語・フランス語の字幕付きで世界に向けて発信したいと考えています。

伝統的じゃないパートナーシップのあり方・より自由な出産の可能性を模索していきたい

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―Z世代の男女ともに50%が子どもを産みたくないというリサーチなんかが発表されているなかで、こうしたお二人の子育てへの考え方や物事への多角的な視点が映像表現を通して、世の中に発信されることは新たな価値観を生み出すきっかけになりそうですね。

コムアイ:日本に住むなかで、妊娠・出産=身を固める価値観が重荷になっているように感じますね。私も東京で子育てする想像ができなかった。光海くんも私も日本の学校が最高な体験ではなかったので、子が通う学校のやり方に親として合わせるとなると荷が重い気がしますが、自分たちのやり方で模索していこうと思うようになってから肩の力が抜けました。

光海:日本だと、14歳のYouTuber「ゆたぼん」が不登校の是非で賛否両論起こしているよね。でも世界を見れば、例えばアメリカだとホームスクーリングは一つの権利として認められている。ビリー・アイリッシュやジャスティン・ビーバーなどセレブリティでも、ホームスクーリング出身の人はたくさんいるなかで、日本では不登校の是非だけで話題になるのは特殊な事情が絡んでいるように感じます。婚外子を持つことに対する偏見もこれに似ていて、地球全体の基準ではない。そうした現状の背景もあることから本作を通じて、伝統的じゃないパートナーシップのあり方も伝えていきたいです。出産後も自由なあり方を模索し続けられるか、という可能性にも映像表現を通して向き合いたいですね。

コムアイ:私たちの今の決断は、これまでインタビューで話した通り、いろいろな人たちの結婚の価値観や離婚の体験談、出産経験など聞いたうえで成り立っていると思います。だから私たちの価値観を一方的に発信するだけではなくて、パーソナルに自分がどのように考えてきて、迷い、この決断に至ってるのか素直に伝えることは誰かの役に立つと考えています。Instagram上での発表でも、形式的なものではなく、なるべく素直に伝えたいと思って書きました。すでに出産や子育てを体験している方々からすれば、まだまだ出発点にいるなかでの発信に見えるかもしれないけど、私たちにとっては「実験」でもあり、現時点での仮説みたいなものを提示しておくのも大事だと思っています。日本におけるマジョリティのやり方ではないことは自覚したうえで、うまくいかなかったことも全て素直に伝えていきたいです。

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『La Vie Cinématique 映画的人生』クラウドファンディング

クラウドファンディングサイト

2023年3月10日(金)から5月9日(火)までの62日間にわたり行われます。

このクラウドファンディングでは、コムアイを主題とする太田光海監督の最新作『La Vie Cinématique 映画的人生』の製作支援を募ります。コムアイの妊娠期間中に彼女のアート制作や民俗芸能などを探究する旅に間近で並走しながら、出産までの過程を記録する本作は、「一つの命が誕生する」という人間の営みの本質に立ち返りつつ、この世界の希望と課題、そしてかけがえのない国内外の人間の営みを映し出します。ドキュメンタリーをベースにしながらも創作的要素を掛け合わせることで、胎児が曖昧な状態で存在する「こちら側」と「あちら側」の間の世界を表現します。キーコンセプトは、「コムアイの胎児の視点から、この世界はどう映るのだろうか?」。2024年の完成後には海外の映画祭での上映と国内外での劇場公開を目指します。

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