2023年3月10日に発表された、アーティスト・コムアイの妊娠報告。報告に合わせて、恋人で父親となる映像作家・文化人類学者の太田光海による、妊娠から出産に至るまでを追いかけるアート・ドキュメンタリー『La Vie Cinématique 映画的人生』の製作、そしてクラウドファンディングもスタートしたことを発表した。さらに世の中から注目を集めたのが、「子の父となる映像作家・文化人類学者の太田光海と籍は入れない予定で、恋人関係のまま認知をする形を取る」という一文だった。
これまでコムアイは、「水曜日のカンパネラ」の初代ボーカルとしてメジャーデビューし、瞬く間に唯一無二の存在として国内外から注目を集めた。2021年の脱退報告の際も、二代目ボーカル・詩羽へ引き継ぐという、音楽ユニットにとって新たなかたちを取ることで世間を賑わせた。脱退後は、彼女の嗅覚をたよりに、自身の活動のフィールド「芸能」のルーツでもある日本の伝統芸能や祭りの現場を訪れ、岩手・遠野のしし踊りやインドの古典音楽を実際に習いに行き、他にも音楽活動以前から関心のある環境問題まで幅広いジャンルで活動を拡張しつづけている。また、知らない世界へリスペクトを持ったうえで軽やかに溶けこもうとする彼女の佇まいは「うた」だけにとどまらず、自身の身体を使ったパフォーマンスへと表現方法が広がりつづけている。
そうした彼女のパーソナルな好奇心の一つに、2021年10月から日本で公開された太田光海監督による映画『カナルタ 螺旋状の夢』があった。パリで20代前半を過ごし、人類学を学ぶ傍らで映画館に入り浸り、ジャンルレスに映像を吸収した後、イギリス・マンチェスター大学で先端学問「映像人類学」の博士号を取得した若手監督として彗星のごとく現れた太田。「映像人類学」という視点で、エクアドル南部アマゾン熱帯雨林に住むシュアール族の暮らしや信仰をドキュメンタリー映画として映し出した本作は、東京のシアター・イメージフォーラムを初上映場所として、最初は4週間、後に延長されて8週間の上映期間で公開。期間中に、週3回舞台挨拶を行った彼の熱量は、次第に大きな口コミを呼び、上映期間が延びる他、現在も全国津々浦々での上映やトーク出演が絶えない程のある種の現象を作りだした。そうした私たちが知らない世界に、大胆かつ柔軟に飛び込む2人は、本作『La Vie Cinématique映画的人生』で「胎児から見える世界」と「新たな家族のかたち」に焦点を当てる。
ニュース発表を受けて、さまざまな賛否両論の声が聞こえるなか、彼らが捉える家族像と紐付き、現状の婚姻制度の外で子を持つということに対する考えについて聞いた。
事実婚とも違う、「恋人同士」として子を迎えること
―世間からすると前触れもなく突然の妊娠報告となりましたが、どのようなきっかけがあったのでしょうか?
コムアイ:光海くん(太田光海)とは1年半前に、彼が監督を務める映像作品『カナルタ 螺旋状の夢』の渋谷のイメージフォーラムでの上映初日に出会ってから、熱海の上映会でトークに出させてもらうなど、交友関係がありました。去年の夏にインドに滞在していて、日本から光海くんも含めて友人たちが来てくれて少数民族を訪ねる旅をしたことがきっかけで恋愛関係に進み始めました。出会ってすぐに子どもを持って身を固めるようなイメージは、お互いに全然持ってなかったはず。
太田光海:そうだね、この人と身を固めてもいいかなとは僕も思った感覚はない。出会った当時はどんな人か全然知らなかったし、自分とは遠い世界に住んでいると思ってた。でも、民俗学や社会のあり方への好奇心をお互い持っていたことが分かって、連絡を取り合うようになって。会話のなかでなんとなくでた、子育てに対するお互いのスタンスや親としてのあり方についても考え方が近かったんだよね。僕自身、本質的に自由でいたい人間なんですけど、今まではパートナーと子どもを持つことについて話すと、どうしても「安定」や「定住」を理想とする凝り固まった社会的責任の観念や考え方に引き寄せられてしまうことが多くて。典型に当てはまらない家族観やライフスタイルを持つことに苦しさを感じてました。コムちゃん(コムアイ)とは、その考え方が合致したんですよね。
コムアイ:身を固めるって感じじゃなく子どもがいるっていうのができないもんかなあ、と思っていました。20代の私は30歳になったときに、もっと自分が大人になるかもと思ってたんですけど、もちろん急に変わらないじゃないですか。それで一生自分の性格のまま生きてくんだなと、諦めがついた感じがします。年を重ねながら、自分で成長を磨くことはできても、あくまでも徐々に磨かれていくだけで。完全に大人になった状態で子どもを迎えたいという幻想から自由になれた気がします。それは、光海くんと子どもを持つことについて話したときに、自分がある程度完成してしまう前に子どもを育てる方が面白い、と彼が言っていたのを聞いてハッとしたことが一つの理由になってます。光海くんの親は、実際に若くして産んでいるし。
光海:僕の親は大学卒業後に会社勤めしたのち、24歳で僕を出産して、その後は研究者の道に進んでいて。奨学金をもらいながら、それを僕を育てる資金にも充てていたようで。そうした家庭環境は少なからずとも僕自身の考え方に影響しているかもしれないね。そもそも自分が完成したから子どもを持てると思った瞬間に、いろいろと成長が止まってしまうように感じています。そう思わずに、子どもを持てないかと二人で話し合った結果でした。
―そういった考え方のもと、ニュースでも報道された通り「籍は入れない予定で、恋人関係のまま認知をする形」を取っているんですね。「事実婚」とはまた違った形で考えていますか?
コムアイ:プレスリリースの下書きでは「事実婚」と書いてあったんですけど、素直な感覚とはちょっと違うかな?と思い、書き換えました。恋人のままで妊娠しているってだけなので。「事実上の妻、夫です」という感覚もないし、そういう言い方が個人的にセクシーに感じないのと夫婦になりたいという願望もない。まだ付き合って半年ってこともあるかもしれないけど(笑)。
光海:「事実婚」というと書類は出していないけど、結局「結婚」に紐づいている発想だと思っていて。僕もコムちゃんも「結婚」に対して、相手と将来ずっと一緒にいるようなイメージを抱くなかで、今からその運命に沿って未来への過剰な投影に向かっていくしかないという状況がお互いのメンタルヘルスに良くないと思ったんです。今この瞬間の積み重ねがあって、それが最高だからこそ一緒にいたいので。
コムアイ:結果的に長く一緒にいれたらいいなと思っているけど、約束したから永遠に一緒にいなきゃいけないというのがあったら逆に破りたくなりそうで(笑)。実際に子どもは、血縁で親として繋がっているけど、血縁外のいろいろな人に助けられながら育っていくと思うと区切る必要もないと思ってます。
「めんどくさい」を大切にしたい
―お二人の関係や考え方を形成した影響はありますか?
コムアイ:私は典型的な核家族だけど、光海くんの場合は両親が「事実婚」であることは影響してそうだよね。
光海:そうだね。日本社会のなかでは特殊な家族の形だったから、子どもの頃から結婚という制度をある意味外側から見てた。あと「自己形成」に強く影響したのは、20〜25歳のときに滞在したパリ時代に体験したことだと思う。フランスには結婚と違うパートナーシップ制度として「PACS(民事連帯契約)*1」があります。もともと同性婚が認められる前に1999年に作られて、結婚と法律上同じような権利が持てる新たな制度として2004年に拡充したものです(参照元:東京大学 大学院総合文化研究科・教養学部 教養学部報)。今現在は、異性でも同性でも関係なく波及していて、当時僕がフランスに住んでいたときも周りが「PACS」を使っていた体験からの影響はあると思います。婚外子があたりまえの存在で、パートナーシップを構築することと結婚することが、全く同一のものとして自明ではない社会だったので。
(*1)PACS制度では正式な夫婦の契りを交わしていなくても、遺産相続などの権利が配偶者に与えられ、保護されるが、離婚も比較的に簡単にできるのが特徴
―「結婚」と聞くと形式張っためんどくさいもののように感じる人もいそうですが、そうした新たなフレキシブルな制度があると日本でも状況が変わりそうですね。
光海:「めんどくさい」と思う感情も政府が大事に受け取って、制度が変わるきっかけになるといいですよね。フランスはもともとカトリックということもあって、例えば異なる宗教同士のカップルや、離婚率が50%を越えるパリで「永遠の愛を誓う」キリスト教的結婚式を挙げたりする発想にもはや同意できない若者たちにとっては、伝統的な「結婚」という形が合わないこともあるので、異性間でも需要があるんだと思います。日本でも結納や結婚式などの儀礼にこだわらずともパートナーシップが結べる制度が生まれると、共同生活に対しての若者の考え方が自由になりそうですよね。
コムアイ:私たちの場合は、法的に夫婦じゃなく苗字が違うことによって病院などの公的な場所で、どのくらいめんどくさいのか実験していくことになるかな(笑)。
―実際、現状の日本で婚姻書類を提出せず、片親に親権がない状態で一緒に子育てする関係は制度的に子どもに影響があったりするのでしょうか?
光海:2013年までは法律上、婚外子は親からの相続を半分しか受け取れないという差別があったんですけど、2013年12月の法改定(参照元:参議院)で全額受け取れるようになりました。
コムアイ:私も当事者になるまで改正されたことを知らなくて。中学校で習った知識のままで止まっていました。光海くんの親が実際に事実婚だったこともあって、そうした過去に起きた法律上の婚外子への差別についていろいろ教えてもらったよね。
光海:もし古い法律の状態でパートナーが妊娠していたら、今のような決断はなかったかもしれないけど、今は法律上、子どもに対する差別がないから決断できたよね。実際に身の回りで「じゃあそれなら」と婚外子として育ててる方々の話は聞くことないですけど(笑)。僕らがやってみたい。
コムアイ:あとは正直、「結婚」が力を発揮するのは「離婚」するときかも?なんて思うくらい、離婚成立までの苦労を周りから聞くことがあって。二人にしか分からない理由があることなのに、裁判では別れたい方が急に国家の敵のような形になることに違和感がありました。恋人、友人、ビジネスあらゆる形で人が信頼関係を保つには、お互いの努力があってこそだと思うんです。だけど制度で管理すると、どちらかが信頼を失うようなことをしたときに、別れたくない方にみんなが味方するような不気味な構図が起きる。本当の意味で二人の間でどんなことがあったかは、他の人には分からないのに。
光海:そこに付随して「親権」の争いも起きると思うんですけど、ヨーロッパ圏では親権自体が廃止されている国もあります。もともとローマ帝国時代に生まれた親権の意味は、家父長制的支配としての効力が強く、子どもに対して親が権威を持つ内容でした。江戸時代でも日本で親が子ども暴力を振るっても罪に問われない例外があったりして(参照元:親権概念の歴史)。そうした歴史の背景を見直して最近ヨーロッパでは、親権のことを「カストディ(custody)」から「ペアレンタル・レスポンシビリティ(parental responsibilities)」と呼ぶように変わってきています。名前の通り、子どもを守るための親としての責任を持つ意味合いで使われます。僕自身も親権や苗字にはこだわりがなくて、むしろ前作の『カナルタ 螺旋状の夢』で過ごしたアマゾンでは、新しく名前を授けられて僕の存在が受け入れられるような体験もあったので。だから僕は、親権というコンセプト自体が絶対ではないと思っているし、親権が何が何でもほしいとも思わない。僕と子の関係は、その概念に収まるものではないと思っているので。
コムアイ:私は自分しか親権を持てないのは、残念な気がします。でも、そもそも親権を行使する場面について何も知らないかも。苗字に関しては、自分が変わっても相手が変わっても違和感を覚えますね。
前編では、「結婚」とも「事実婚」とも異なる「恋人同士」という関係性を大切にする二人の思いを聞いた。その決断は、あくまでも彼らが今まで暮らしてきたさまざまな環境から形成された意思でもある。また、10年前に婚外子に関連する法律が変わったことも大きかったようだ。とはいえ、実際日本の社会において、彼らがとった新たな家族のかたちはまだまだ珍しい。後編では、妊娠発表をした際の世間の反応を受けて、男性が当事者として感じにくい日本社会の風潮の問題などに話は発展していった。そして最後に現在製作中のアート・ドキュメンタリー『La Vie Cinématique 映画的人生』を製作するに至るまでのこと、作品に込めるコンセプトについて聞いた。
『La Vie Cinématique 映画的人生』クラウドファンディング
2023年3月10日(金)から5月9日(火)までの62日間にわたり行われます。
このクラウドファンディングでは、コムアイを主題とする太田光海監督の最新作『La Vie Cinématique 映画的人生』の製作支援を募ります。コムアイの妊娠期間中に彼女のアート制作や民俗芸能などを探究する旅に間近で並走しながら、出産までの過程を記録する本作は、「一つの命が誕生する」という人間の営みの本質に立ち返りつつ、この世界の希望と課題、そしてかけがえのない国内外の人間の営みを映し出します。ドキュメンタリーをベースにしながらも創作的要素を掛け合わせることで、胎児が曖昧な状態で存在する「こちら側」と「あちら側」の間の世界を表現します。キーコンセプトは、「コムアイの胎児の視点から、この世界はどう映るのだろうか?」。2024年の完成後には海外の映画祭での上映と国内外での劇場公開を目指します。