スポーツの“影”を起点に、大学生ならではの感覚で「新たなスポーツ像」を提示する映画祭が渋谷で開催

Text: Shiori Kirigaya

Photography: Haruka Yoshida unless otherwise stated.

2019.12.9

Share
Tweet

2011年から毎年開催されてきた、社会に鋭く切り込むテーマを題材に選ぶことで知られる映画祭がある。日本大学芸術学部で映画ビジネスを専攻する学生が、企画をはじめ作品の権利元や劇場との交渉から宣伝までの全てを行う「日藝映画祭」だ。これまでマイノリティや就職活動の問題、学生運動や天皇制などをテーマにしてきており、広く注目を集めてきた。今年の主題は「スポーツの光と影」。NEUT Magazineは「朝鮮半島と日本の歴史」がテーマだった2018年に続き、今年も同映画祭を主催する映像表現・理論コースの「映画ビジネスゼミⅣ」の学生たちに話を聞いた。

彼らはどんな思いから、このテーマを選び、取り組もうとしたのだろうか。リーダーの佐々木尭(ささき たかし)と印刷班リーダーの田迎生成(たむかい きなり)にインタビューを行った。

width="100%"
左から佐々木尭、田迎きなり

“日大問題”で日大生が感じていたこと

「どちらかっていうと、苦手な人が多かった」スポーツを主題とする今回の映画祭を企画・運営するゼミ生が、もともとスポーツに対してどんなイメージを抱いていたのか気になり聞いてみたところ、こんな答えが返ってきた。苦手な理由として挙がったのは、教師に精神論を叩きつけられた経験だった。

スポーツの場で起こりうる「同調圧力」などの問題に焦点を当てた「スポーツの光と影」というテーマを発案したのは、リーダーの佐々木だ。幼い頃から柔道を続けてきた彼だが、親の転勤に伴い、さまざまな指導者と出会うなかで体罰問題を目にすることがあったという。そこで感じた感情を生かし何か表現できることはないかと考え、同テーマを思いついた。その経験から生まれた問題提起を軸に、これまで運動部やクラブに所属したことがない学生の「外からの視点」が合わさって形作られたのが、今回の映画祭である。

width="100%"
『スパルタ教育 くたばれ親父』©︎日活

width="100%"
『オリ・マキの人生で最も幸せな日』

width="100%"
『ピンポン』

焦点が当てられている問題の一つが同調圧力だが、スポーツをしてきた佐々木以外のゼミ生も、スポーツをするなかで何らかの圧力を実際に受けてきていたという。例えば野球部に所属していた学生なら、坊主頭を強制されたことがそうだ。

佐々木:私の場合、競技スポーツをしていたので、一つの目標に向かう集団として基本的には同じ考えを持っていたのですが、必ずしもそこで気持ちが一致するとは限らない。いろいろな考え方があるなかで、すべての人が一つの答え方でなければいけないと固定観念に縛られてしまっているのは肌で感じましたね。

ゼミ内での協議や、教授からのフィードバック、会場となる映画館「ユーロスペース」でのプレゼンを経て、最終的に同テーマに決まったが、その背景には日大生として避けて通れなかった“日大問題”の存在があった。

2018年5月に起きた日大アメフト部の反則タックル事件*1がメディアで大きく報道されたことで、日大生が一括りにされてしまい、就職活動など外部とのやり取りのなかで嫌な思いをすることが少なくなかったのだ。いくら彼らに問題との個人的な接点がなくても、自ら問題と向き合う必要性を感じざるを得なくなったという。事件が起こる背景にあったと考えられる「スポーツの現場で起こりうる人間の問題」を提起しており、それをふまえると、同映画祭はその問題に向き合うとともに日大生から社会に対するメッセージであるといえそうだ。

(*1)日大アメフト部の選手が、対戦相手だった関西学院大の選手に過度の反則行為である危険なタックルを仕掛け、大けがを負わせた事件。加害選手は記者会見を開き、被害選手や家族、関係者に対し謝罪したが、監督は事件の経緯を十分に説明することなく辞職した。選手は反則タックルが「監督の指示だった」と明かしている。

映画のなかで美化されてきたスポーツ

今回の映画祭で扱われている作品が扱う題材で目立つのは、スポーツにおける“勝利”をめぐった団体内外での圧力の問題、見かけの性別を理由に選手が競技に参加させてもらえない、女性が競技場に入ることさえ許されない話など性差別的な規則についてだ。

メンバーそれぞれがグループに分かれて作品を鑑賞し上映作品を選んだのだが、スポーツに関わる映画を探すなかで感じたのは、スポーツの“光”の部分ばかりが描かれる傾向だったと田迎は話す。

田迎:今も昔も「スポーツってやっぱりいいよね」っていうオチが多くて。私たちが求めている体罰とか、そういった問題を描きづらい時代もあったと思うんですけど、現代でも美化された映画が多かったので、上映作品を探すのは結構大変でした。

width="100%"

width="100%"

苦労して厳選した上映作品に描かれている問題には、スポーツの現場で起こりうる日本の“悪しき習慣”が挙げられる。それには現代では理解できないような価値観によるものもあるといい、それを反面教師的に見てほしいという思いも彼らにはある。例えば、1964年の東京オリンピックで女子バレーボールチームを金メダルに導いた大松博文(だいまつ ひろぶみ)監督による、スパルタ指導”を描いた上映作品『おれについてこい!』がそうだ。技術が上達するまで帰らせない指導の様子を映し出す同作を例に、スポーツ関係者がスポーツの場で起こりうる問題を考えるきっかけとなることが、映画祭を行う目的の一つだと佐々木は話していた。

佐々木:まずはやっぱり映画なので、純粋に楽しんでほしいっていう気持ちがありますが、現役の選手や指導者の方がこの映画を観て、自分のことや周囲のことを考えるきっかけにしてもらえれば嬉しいですね。

一方で『長距離ランナーの孤独』には、イギリスの若者の社会に対する反抗心を描いたものだが、勝ち負けにとらわれないスポーツのあり方がうかがえるため、“勝つこと”だけを目的にしてきた人たちに観てもらいたい作品であると佐々木は説明してくれた。

width=“100%"
『長距離ランナーの孤独』

width="100%"
『セックス・チェック 第二の性』©︎1968 KADOKAWA

width="100%"
『破天荒ボクサー』

width="100%"
『競泳選手ジャン・タリス』

映画祭で「新しいスポーツ像」を提唱したい

スポーツの背景にある問題は、決してスポーツの分野に限ったものではない。学校でも職場でも政界でも、同調圧力や性差別のような問題は珍しくないからだ。本映画祭では、スポーツを切り口に、そんなあらゆる場面でみられる人間の問題を取り上げている。それと同時に、作品としての魅力があり、また強いていえば「個人の尊厳」が強調された映画を上映することで問題提起にとどまらず「新たなスポーツ像」を提案することを目指している。それは芸術を学ぶ学生だからこそのアプローチかもしれない。

佐々木:生徒が先生に対して1人の人間として意見ができる環境に変えていったり、根性論がスポーツでは多少必要なのは分かるんですけど、そこに頼り過ぎないようにしていったりする必要があるのではないかと思っています。

width=“100%"

これまで光が当たることの少なかったスポーツの「光と影」を扱う画期的な映画祭を主催する彼らだが、普段映画館に行かない若者にも来やすいようにと、知名度のある俳優が出演する近年の作品もラインナップに含めるなどの工夫をしている。またスポーツジャーナリストの増田明美(ますだ あけみ)のような元アスリートや、加計学園をめぐる問題を隠そうとする政権に対し、真実を公表した元文科事務次官の前川喜平(まえかわ きへい)らに声をかけコメントを寄せてもらっているように、既に彼らの問題意識への共感と力強いサポートがみられる。

どんな分野においても物事には多様な側面がある。日藝映画祭では、「光」だけではなくスポーツの現場で実際に起こっているハラスメントなどの「影」にも注目した。そうすることで、スポーツをしている人にも、していない人にも気づきをもたらしてくれるだろう。言語や文化を超えて人と人とを繋ぐ力を持つスポーツの現場において、そしてあらゆる場面で見られる他人の尊厳を侵す「影」が少しでもなくなるようにと。

日藝映画祭「スポーツの光と影」

WebsiteFacebookTwitterInstagram

会期: 2019年12月13日(金)~12月19日(木)

主催:日本大学芸術学部映画学科映像表現・理論コース3年「映画ビジネスⅣ」ゼミ/ユーロスペース

上映協力:アークエンタテインメント/アイ・ヴィー・シー/アスミック・エース/アルバトロス・フィルム/エタンチェ/KADOKAWA/キュリオスコープ/神戸映画資料館/国立映画アーカイブ/松竹/新日本映画社/セルロイド・ドリームス/東風+gnome/東宝/日活/ノマド・アイ/ファントム・フィルム/ブロードウェイ/ポイント・セット/ロングライド/Park Circus

会場/一般のお問い合わせ:ユーロスペース(渋谷区円山町1-5 KINOHAUS 3F TEL:03-3461-0211)

width=“100%"
Share
Tweet
★ここを分記する

series

Creative Village