「南アフリカの歴史が複雑だからこそ、ありふれた物の記録が政治的な意味を持つ」。アパルトヘイトを行った南アの“現代の白人作家”の肖像<ジャンヌ・ガイガー>|南アフリカ、ネットグローバル時代におけるアイデンティティの模索 #005

Text: マキ

2019.4.11

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南アフリカにスポットライトを当て、現地で活躍する若手アーティストの紹介を通じて、アイデンティティの向き合い方を考える本連載、「南アフリカ、ネットグローバル時代におけるアイデンティティの模索」。第5回目の今回紹介するのは、アーティストのJeanne Gaigher(ジャンヌ・ガイガー)。

ジャンヌはヨハネスブルグを拠点に活動する画家で、南アフリカの若手現代アーティストを中心に扱うケープタウンのSMITH(スミス)ギャラリーに所属しています。キャンバスとスクリム(粗めの網目状が特徴の織物)といった素材にアクリル絵具で色を重ねた奥行きのある作品が特徴で、その奥行きが醸し出す空想的でミステリアス画風も印象的。SMITHギャラリーではすでに個展を3回開催しています。

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本連載では、意図的に黒人クリエイターを中心に取り上げてきましたが、彼女は白人系の南アフリカ人です。他の黒人アーティストたちと違って、彼女の作品からは、明らかな人種やアイデンティティの切り口が見えてくるわけではありません。「人種やアイデンティティの切り口が不在」ということ自体が、複雑な歴史を背負った南アフリカにおける白人的経験「ホワイト・エクスペリエンス」の一つの要素なのかもしれません。

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ジャンヌ・ガイガー

「わたしの作品は、主に(作品の)表面や色の変化だったり、それらが持つ特徴を表現したものです。異なる素材を使って、そこに生まれる緊張感だったり独特の空気感を生み出すということに挑戦しています」と説明するジャンヌの表現も概念的。

少し曖昧で可変的な作品表現をする背景には、彼女のモノや素材に対する探究心があるようです。「ある一つのモノに対して人々が持つ先入観から離れ、そのモノの素材に近づいていけるようなきっかけを探求している」と彼女は説明します。先入観から離れること、そして作品を作る上であるモノが持っていた形状や機能をなくしてしまうことで、それまで見えてこなかった意味合いが見える。そういった思いが彼女の最近の作品には込められているようです。

作品の人物を通じて「手の届かない場所」に近づくことができる

全体的に抽象的な雰囲気があるジャンヌの作品ですが、人物が描かれている作品も少なくありません。人物を描くことで、彼女自身とそれらとの「対話」が生まれるそうです。

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「人物や人物の姿勢を描くことで、手の届かないような空気感と感情的な繋がりを作ることができる。人物は代弁者として発信したり、自分に新たな視点を与えてくれたりする。さらには私が彼らを通じて考えたり、本や映画や実際に出会った人々から集めた様々な感情や反応を理解するための役割も持っています」とジャンヌ。

昨年10月30日から12月4日まで、南アフリカのSMITHギャラリーで開催された個展のタイトルは「Century’s View(センチュリーの視点)」。センチュリーという人物を通じて作品を鑑賞していくというスタイルで、その架空の人物がホストとして介在することで、鑑賞者がギャラリーの中で作品を理解していくことを促すというしかけが作られていたそうです。

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「誰かもしくは何かが、私自身の代わりになって見つめ、観察し、翻訳するといったようなことができないかと考えていました。私自身、センチュリー、そして作品の題材となったモノとの間で情報が共有され、それが結果的に展覧会の空間の雰囲気を作り出していました」と彼女は言います。

自分自身の中にすでにあるものを、アート作品として表現するのではなく、自分とは離れた場所にある「人物」やモノを通じて、自分自身の感情に近づくというジャンヌのアプローチ。一度客観視された感情表現があるからこそ、見る人からしても近づきやすく、絵画の雰囲気やそこに表現された感情に共感しやすくなっているのかもしれません。

変化する南アフリカにおいてニュアンスを捉える

「ネットグローバル時代におけるアイデンティティの模索」と題した本連載の中で取り上げてきたアーティストは、誰もが自分の文化的ルーツやアイデンティティと向き合い、それらを比較的明確な形で表現していました。例えば、ビジュアルアーティストのトニー・グームは、アパルトヘイト、ポスト・アパルトヘイトという文脈において、自分の家族のルーツをたどる一方で、ポスト・アパルトヘイト時代を生きる南アフリカの若者が、どう団結して未来を築いていけるかという問題意識の中で作品を発信しています。

また、ストリートカルチャーに関連したブランドやイベントを手がけてきたムプメレロ・ムフラは、「アフリカ人であること、そして若い世代とアフリカ大陸の発展に対して責任を持つこと」が彼のアイデンティティそのものであり、そのアイデンティティと彼のクリエイティブな活動が密接に結びついているのが特徴的でした。

一方、ムプメレロは白人や黒人といった人種の壁を超えた「レインボーネーション」の理想と、現実とのギャップがあることについても指摘。そこで人種の問題や南アフリカにおける多様性に関して、(白人系の)ジャンヌの視点を聞いてみました。

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「私の作品は、日常生活の中において、日々繰り返されるもの、ありふれたもの、馴染みのあるものに影響されています。南アフリカが複雑な歴史を持っているからこそ、こうしたことが重要性を増し、自分自身のある意味政治的な表明になりうるのだと思います」とジャンヌ。

南アフリカ、その中でも特にクリエイティブな若者たちが集まるエリアであるブロームフォンテインに拠点をおき、南アフリカ全土やアフリカ各地から集まる多様な人々とであることができるという恵まれた環境からの影響は大きく、南アフリカが持つ複雑な歴史の文脈も当然認識していると語る一方で、こうした文脈は必ずしも彼女自身の作品のインスピレーションに結びついているわけではなさそうです。

「アートを生み出す過程において、自分自身が置かれた立場や経験を見つめて、できる限り誠実であるように努力することは非常に重要なことだと思う。それは私自身にも当然当てはまること」とジャンヌ。

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南アフリカという国が成長し、日々変化していく中での不確実性。そうした文脈において、人種や「ポスト・アパルトヘイト」といったような、一定の分かりやすい議題を題材とするのではなく、感情や雰囲気といったニュアンスを表現するというのがジャンヌのアーティストとしてのアプローチなのです。

彼女のアート作品からビジュアル的に見て取れる色使いのニュアンス、一面的ではない多面的かつ多層的な構造、登場人物の表情。ジャンヌの作品にはこうした多面的で繊細かつ感情的な表現が存在しています。一方で、南アフリカという場で活動する彼女の、日常や身の回りのものに影響された作品の中には、政治的な要素やメッセージは不在です。このことはこれまで見てきた黒人アーティストの視点とは異なる部分であり、まさに南アフリカにおける「恵まれた」白人の「ホワイト・エクスペリエンス」を象徴しているのかもしれません。

Jeanne Gaigher (ジャンヌ・ガイガー)

Instagram

1990年生まれの南アフリカ人画家。ケープタウンの郊外で育ち、現在はヨハネスブルグを拠点に活動。2012年、ステレンボッシュ大学の美術科卒業。ケープタウンのSMITHギャラリーに所属し、過去3回の個展を開催したほか、グループ展、アートフェアなどへの出展も多数。

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マキ

Maki & Mpho LLC代表。同社は、南アフリカ人デザイナー・ムポのオリジナル柄を使ったインテリアとファッション雑貨のブランド事業と、オルタナティブな視点を届けるメディア・コンテンツ事業を手がける。オルタナティブな視点の提供とは、その多様な在り方がまだあまり知られていない「アフリカ」の文脈における人、価値観、事象に焦点を当てることで、次世代につなぐ創造性や革新性の種を撒くことである。

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