「主役はあくまで聴く人」。押しつけないし、無理もしないラッパーmaco maretsのスタンス

Text: Shiori Kirigaya

Photography: NEUT編集部 unless otherwise stated.

2019.8.16

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7月6日、7日に福井県福井市の市街地の中心にある福井中央公園にて初開催された「ONE PARK FESTIVAL」。JR福井駅から徒歩5分という稀に見る好立地で行われただけでなく、「街全体が一つのテーマパークになる音楽フェス」というキャッチコピーの通り、緑のある公園にふらっと立ち寄り落ち着いて音楽が楽しめる、街の生活に溶け込んだお祭りのようなイベントであった。

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NEUT Magazineは、同フェスのメインビジュアルを手がけたアーティストのRagelowと『NEUTSTAND(ニュートスタンド)』としてコラボレーションしたポップアップショップを行っただけでなく、一日目の夜には『NEUTMIX(ニュートミックス)』と称したアフターパーティーを開催。今回はONE PARK FESTIVALとNEUTMIXでパフォーマンスを披露した人気ヒップホップアーティストmaco marets(マコマレッツ)に現地で行ったインタビューをお届けする。彼が現在のようなゆったりとしたサウンドや、彼の内面を歌った歌詞が特徴の音楽スタイルをとるようになるまでの過程と、一部の若者の熱狂的支持を集めている理由を探った。

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maco marets

振り返ってみれば、リアルじゃなかった

日本の戦後文学を代表する作家の安部公房や大江健三郎が好きだという彼が最近読んだ本。自身の最新のアルバム「KINŌ(キノオ)」のジャケット写真のような、トーストと目玉焼き、ベーコンといったおいしそうな朝食の一皿。

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Photography: maco marets

maco maretsがInstagramに投稿する写真からうかがえる知性や都会的なスタイリッシュさといった要素は、彼が人気を集める理由の一つではないだろうか。

彼がヒップホップアーティストmaco maretsとしてファーストアルバムを出し全国デビューしたのは、大学4年生だった2016年の6月。デビュー以降「ベッドルーム・ヒップホップ」「チルアウト・ヒップホップ」などと語られるサウンドが、アンダーグラウンドを中心に高い評価を受けている彼だが、その音楽活動の大本はどこにあったのだろう。

maco marets自身がヒップホップを聴き始めたのは、福岡で暮らしていた中学生のとき。当時ラップがブームで、仲がよかった友人らも揃って聴いており、高校生になると「自分たちでやったらおもしろいんじゃないか」とユニットを組むようになった。その頃の音楽性を振り返ると、既存のヒップホップの文脈を踏襲したもので、自分自身の中身に忠実ではなかったと話す。

そのときは、自分と向き合うということは全然なかった。まったくストリートじゃないのに「ストリートだぜ」みたいな感じでオールドスクールのヒップホップの文脈をなぞっていて、単純に若かったのもあると思いますが歌詞とかもライトでしたね。

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楽曲に関しては毎度組むメンバーによって異なるが、彼の書くリリックに変化がみられたのは、大学入学を機に上京してソロでラッパー活動をするようになってから。友人や家族と離れて一人暮らしを始め、新しい友人ができても物理的に一人で過ごすことが必然的に多くなった。そのような環境の変化が大きく影響し、歌詞にそれまでとは異なる内省的な世界観が表れてきたのだという。一人で考える時間が増えたからこそ、自然と自分自身と「ずぶずぶと深く」対峙するようになったのだ。

自分のなかを見つめて、そこに何があるのかと考えて書くように変わりました。曲を作ろうとなっても内向きの時期が多かったので、福岡で書いていたようなワイワイした詞を書かなくなって。それが、そのときの自分にとって自然だったんです。

maco maretsとしてリリースする楽曲に共通する“チル”な曲調にも、「ガチャガチャとうるさい音は好まない」彼が心地よいと感じられる、彼自身のベースに近いスローなテンポがそのまま表れている。つまり特に“チルさ”を意識して制作しているのではないという。

知らないものは知らない、と自覚すること

ソロになってから書く詞が変化したという彼だが、制作において何よりも重視しているのが「自分にとってリアルな歌詞」にすること。思いがけない出来事や、心に抱いた感情によって日常的な自身の状態や考え方が変わったとしても、ラップに載せる言葉は一貫して彼の内側から出た言葉にしたいというスタンスでいる。それは本人にとってリアルでない詞を歌ったところで、聴く人に本心ではないと伝わってしまうからだ。

「こういうことを言えばいいだろう」っていう感じで書くと、言葉を声に出して音にするときになんかわかっちゃうと思いますね、言葉が浮いてるなって。アイドルとかが提供された曲でラップしているときに「自分の詞じゃないな」ってわかるときがあると思うんですけど、多分そういうことだと思います。上手いとか下手じゃなくて、「その人自身の言葉かどうか」というのは意外と聴く人にはわかるんじゃないかと思って。

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近年企業が社会貢献を重んじる風潮が高まっている欧米では、自分の評判をよくするために社会奉仕活動をする著名人や、消費者の共感を得て利益を上げるための表層的な「ジェンダー平等」や「保守的な政権への反対」を掲げたファッションブランドの存在が問題視されている。社会に関心を抱く姿勢は評価されるべきであっても、核心の部分が欠けていては、彼が指摘していたように外から見抜かれてしまうに違いない。maco maretsは社会に対してコンシャス(意識的)なラップが評価される流れがあることに言及しながら、ただそれに則った歌詞を書くようなことはしたくないと言う。

単純に無理したことは言わないようにしています。でも知らないものは知らないままでいいと思っているわけではないし、知ろうとする姿勢を失ってしまったら自分のソウルを磨けない。ただ、歌詞を書く時点での自分が「知らない・わからない」ということを自覚したうえで言葉を発するのが重要だと思っています。

彼のラップには失恋の経験やマイブームだったトイプードルを歌ったものなど、日々のさまざまなパーソナルな話が反映されているだけでなく自分の言葉で語り、断じて付け焼き刃では歌詞を書かない信念があるからこそ、コアなファンがついてくるのだろう。

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虚無感をどう歌詞にしたのか

たとえ不自由なく学校に通えていても、家賃を滞納せずにいられても、なぜか虚しい気持ちになってしまうときが日常にはあるかもしれない。maco maretsの場合は、そんな虚無感を「肯定でもなく、認識することに意味がある」と考えて表現しているという。その心情は「自分が何をやりたいのかわからない」「好きなことはたくさんあるはずなのに、いざ始めようとすると何がしたいかわからなくなる」「何かあるはずなのに、何もない感じがする」など、多くの人が経験したことのあるものだ。

めちゃめちゃ根っこでは「何のために生きているんだろう」って思うことがあるじゃないですか。それって大げさなことではないし、僕だけが考えていることでもない。みんなと同じサイズで僕にもそういう心情があるというのを、ちょっと曲に反映させているみたいな感じですね。

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衣食住が十分に満たされたとき、自分の生きる毎日にどんな意味を見い出すかがある種の“課題”となってくることがある。そこでぼやぼやとして前が見えないときや、そんな感覚を心の隅に持っているのに気づいたとき、maco maretsのリリックのふとした部分が響くかもしれない。

それは決して、必要なものは手に入れているはずなのに何もないと感じてしまう虚無感を直球で伝えるものではなく、彼なりにそのイメージを喚起させる「小道具や舞台セットのような言葉」を並べた歌詞が描き出されているのだ。このようにmaco maretsの詞のもう一つの大きな特徴として、自身の「個」を強く押しつけていないことが挙げられる。

「僕はこういう人間でこう思っているんだ」っていう曲はあんまり必要じゃないって思っていて、歌詞を自分の個にあんまり引き寄せすぎたくないんです。曲に僕という存在はいても、主役はあくまで聴く人で、僕は曲を通して場を作っているみたいなイメージです。

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主催するイベントを盛り上げ、小説を書き上げたい

maco maretsとしてのセカンドアルバムである「KINŌ」は、自身で2018年11月に立ち上げたレーベル「Woodlands Circle(ウッドランズ サークル)」からリリースしている。彼はレーベルの冠を使い、上京後クラブでのイベントに出演したりオーガナイズしたりしてきた経験を生かし、自身のレーベルを基点に人と人との輪を広げるべく、ミュージシャンやDJ、個人のブランドを集めたイベント「Woodlands Circle Club(ウッドランズ サークル クラブ)」をこれまでに二度主催してきている。今年9月には第三回目を行うことが決定した。

※動画が見られない方はこちら

また彼には幼少からの夢で、作家になりたいと考えてきた一面もある。小学生のときには自由工作で小説を書き、いくつもの文学賞に応募していたくらい意欲的に創作に勤しみ、大学では文学の批評や創作を行うゼミナールに所属していた。最近は音楽活動に集中しているため執筆ができていないというが、自らの著作を出版するという目標を密かに掲げている。これはラッパー、そしてレーベルやイベントの企画や運営とはまた異なる角度からの表現だ。

誰もがそう考えると思いますがCDデビューとは違う難しさがあると思っていて。現在のmaco maretsとしてのアウトプットの場合は、トラックメイカーやエンジニア、デザイナーの方々と作り上げているので、自分の足りない部分を補ってもらえる面があるけれど、小説の場合は本当に自分が書き上げないと完成しない。

小説を書くラッパーにはさまざまいるが、彼はどんな言葉を紡ぎだして物を書くのだろうか。

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目玉焼きをあしらったCDジャケットのイメージから、「目玉焼きの人・朝食の人」とされる彼が取材時にカバンに入れていた本『図解 朝食の歴史』(原書房)
Photography: maco marets

maco maretsが若者に支持される理由

ヒップホップのスタイルも、それを操るアーティストの姿勢も多様だ。maco maretsもその多様なうちの一人である。ここでは改めて、彼が人気を集める理由を考えてみたい。それは本人に聞いてみても、必ずしも気に入っている曲がリスナーにも人気な曲であるとは限らず、「自分の曲って自分の声と詞だからあんまりフラットに聞けないんですよね」と答えるように、他人にどんな受け取り方をされているのかはわからないという反応だった。

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まずパーソナルなストーリーを主題とすることが多いながらも、主体の個をストレートに強調するのではなく、それを取り囲む情景を自らの嘘のない言葉で表現していること。そうして小説のように書かれ、メロウなメロディーに乗せられたリリックは、聴き手が何かを押しつけられたり、否定されたりすることなく自由に解釈できる。思想的に「偏ること」を避けたいと考える若者が少なくないといわれる昨今だが、そんな価値観を持つ若者たちが聴いて心地よく感じたのが、彼の音楽だったのかもしれない。

いつの時代にも共通するであろう、自分が空虚な存在に感じられてしまう瞬間など等身大の青年の内面への認識が奥深く描写されていることも、同世代を惹きつける理由であるといえる。

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昨年に比べても今年のmaco maretsはライブに音楽フェスに引っ張りだこで、都内を中心に地元福岡や、熊本、兵庫などへも飛び、毎週複数のライブに出演している。音楽フェスも、ONE PARK FESTIVALと同じく初開催されて注目を浴びた「岩壁音楽祭」からも声がかかり、パフォーマンスを行った。

今回NEUT Magazineが彼に同行したONE PARK FESTIVALについて最後に質問したところ、「お客さんが気張ることなくゆったりとリラックスできる、優しい空気感の漂うイベント」であったと語ってくれた。ほかの音楽フェスとは異なる魅力のある同音楽フェスは来年も開催が決定しており、音楽フェスに親しみのない層をさらに巻き込んでいくのではないだろうか。

maco marets

TwitterInstagramnote

1995年・福岡県生まれ。2016年6月、東里起(Small Circle of Friends/Studio75)のプロデュース&トラックメイクによる1stアルバム 『Orang.Pendek』で金沢発の「Rallye Label」よりデビュー。デジタルシングル『Pools』 『Hum!』『Summerluck』などを挟んで、2018年11月にはセルフレーベル「Woodlands Circle」を立ち上げ、2ndアルバム『KINŌ』をリリースした。

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solfa 11th Anniversary -DAY3-
“Woodlands Circle Club”

2019/09/15(日)17:00-23:00
@中目黒solfa
ADV:2000/1D DOOR:2500/1D

【Live】
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Newly
Akusa
maco marets

【DJ】
スズキケン (Marche/The Night Owl)
DJ Sharpness(Organ bar/Marche)
MARMELO
youheyhey
Yoshinuma
Shun’ei

【VJ】
VJ tsuchifumazu (Chilly Source)

【Exhibition】
Daikichi Kawazumi
yae

【Pop Up Shop】
NEUT Magazine
DAILY WORKERS

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