物が生み出す「感情」に目を向けたことはあるだろうか。
そんな不思議な問いを投げかけるのは、アメリカのデザイナー・Alex Sizemore(アレックス・サイズモア)が修士課程の授業の一環として同士Hank Beyer(ハンク・ベイヤー)と共に行ったプロジェクト「For the Rest of Us」(フォー・ザ・レスト・オブ・アス)である。
「パソコンと、地域の素材の目に見えない価値を探る旅」と副題のつけられたこのプロジェクトは、アレックスとハンクが一年かけて、オハイオ、ケンタッキー、ミシガン、そしてニューヨークの地域特有の素材と、加工工程や、その素材をめぐる歴史、人、政治や価値について探った研究結果である。
彼らは地域の素材を探すうえで、素材の物質的な特徴だけでなく、“感情”についても調べることにした。素材の裏にある物語を伝えることで、目には見えない価値に光を当て、人々や産業が製品を生み出すうえで「人の経験という点から最も最適な素材を選べるようになれば」という思いが込められている。
「このプロジェクトを通して、業界が売りたい物が必ずしも人々にとって望ましい選択なわけではないということを表そうと思いました」と話すふたりは、普段あまりみることのない素材を日常生活のなかに溶け込ませることによって見る者の目を素材に向けさせる。選んだ題材は、現代人の生活にすっかり溶け込んでいるコンピューターである。
ーはじめにあなたたち自身について少し教えてください。
僕らはアメリカのオハイオ州とケンタッキー州出身のインダストリアルデザイナーです。最近シンシナティ大学を卒業しました。研究や実験を通して、プロダクトや家具、テクノロジー、そして彫刻に焦点を当てて、アートとデザインの領域の融合を試みています。
ープロジェクト名 「For the Rest of Us」(残された僕らのために)にはどんな思いが込められているのですか?
80年代のAppleの広告に感化されてこの名前をつけました。その広告は「Introducing Macintosh, for the rest of us」(残された私たちのためのマッキントッシュ)と掲げていました。当時すでに存在していたテクノロジー系の製品は一般の人が使うには複雑で、高度な技術が必要でした。そんななか、「マッキントッシュは誰にでも使えますよ」ってことをAppleは伝えていました。僕らはこのアイデアを展開させて、テクノロジーがどのように使われるかだけでなく、それらがどう「素材」と関係しているか、また「感情」と関係しているかを探りたかったのです。
このテーマは、作中の写真や製品、グラフィックの選択にも現れていると思います。意識的に製品を「現在」から遠ざけ、過去を振り返ることで「別の現実」の世界に誘おうとしました。
ープロジェクトの説明にも、コンピューターを題材に使ったのは「ここ何十年のなかで普及した、人々が見慣れた物を使うことによって“別の現実”へと呼び込むため」とありましたが、この別の現実とはどんなものでしょうか。なぜ、別の現実を体験することが必要なのでしょうか。
コンピューターが未来だとは僕らは思っていません。でもコンピューターは素材によって人と物の関係性がどのように変わるかを象徴する存在だと思います。僕らの作品を見て、グローバリゼーションに対して絶望的になってほしいわけではなく、現在存在している商業だけを目的とした業界を変えたり、物の素材を替えたりと、現状のあり方以外にも選択肢があるのではないかと考えてほしいのです。
グローバリゼーションが何を意味するのか、普段は使われていない素材を使うことでどのように製品との関係が変わるかを考え、社会に新しい価値観を持つことを提案したいのです。“別の現実”を起点とすることで、「抽象的で皮肉でユーモアのある別世界」がみえ、新しい選択肢が生まれます。そうして疑問を持ち、議論し、発見してほしいのです。
ーどうして今回のプロジェクトでは「地域の素材」に焦点を当てたのですか?
僕らの興味がもともと地域の素材にあって、それらをどのようにして日常生活のなかにある大量生産されている日常的な製品に置き換えられるかということを考えました。さまざまな素材をみるなかで、それぞれの素材にはユニークなストーリーと価値があるということを発見し、作品のテーマはそれらに沿ったものにしました。自分たちが住んでいる地域の素材に焦点を当てたため実際に素材の収穫地を訪れて研究することができました。
たとえば、地域の氷の原点を探るためニューヨークの凍った湖を訪れました。北アメリカで唯一残っている商業的な氷の収穫地です。そこには60人ぐらいの人が住んでいて、毎年この凍った湖に集まります。彼らは湖の一部の氷を切断し、小さな水路を使って移動させます。それをトラックに積み込んで近くの氷保管所へ移動させる。夏にはこの氷が湖のほとりにある店の冷房と冷媒の代わりとなります。
この氷の作品は、製品の使用期限に焦点を当て、永久に使うことのできない製品の「はかなさ」を表しています。氷のように使える期間が視覚的で、しかも再利用できるような素材がもっと使われれば、産業消費の問題で解決できる部分が出てくるはずです。
ーどのようにして素材を探しましたか?また、どの素材を選ぶかの基準は何かありましたか?
自分たちがあまり知らない、身の回りにある素材にしようということは決めていました。
ープロジェクトのステートメントに「僕らが日常的に使うプロダクトの多くは、見た目や使い勝手が大衆を対象にして最適化されたものです。まるで、理想の消費者の人生において、その最適化されたプロダクトのみが価値のある物かのように」とあったのがとても興味深かったです。それにともなう危険性とは何でしょうか?
人々の環境や、そのなかで生み出される素材は少しずつ変化しています。しかし長い目で見ればその変化は劇的なものです。長い間所有することで価値が生まれるものもあれば、時間とともに価値がなくなり消えていくものもある。この価値の誕生と消滅が繰り返されることで段々とさまざまなものがユニークな価値やストーリーを持ち始めます。この多様性は、大量生産の社会のなかでは注目されていません。広告が取り上げることもほとんどない。マスに向けた製品にも独特の価値がありますが、この理想化された世界と現実との間に溝ができていることに光を当てる重要性を感じました。
ー「現実的で理想的な消費生活」とはどのようなものでしょうか?
僕らは人々を「消費者」として考えるのではなく、「多様な人生を送る複雑なニーズと価値観を持った人々」としてみたいと思っています。
ー「デザイナーは別世界とも思われる現実を探索し、よりよい物質的な社会の未来を描く責任がある」ともステートメントに書いてありましたね。あなたたちが考える「よりよい物質的な社会の未来」とは?
僕らの理想の未来では、日常のなかに存在する一つひとつの物は、意味を持ち、ストーリーや価値があり、それを使う人を象徴し、人々の生活や環境をよりよいものにしていく存在です。