「女の子は脱毛すべき」という、いわば世間の“常識”を覆したニューヨークのスキンケア・脱毛製品ブランド「Billie(ビリー)」。体毛を除去するかどうかは「個人の選択」であるというステートメントを掲げ、わき毛をはじめとする体毛を生やした女性モデルがキャンペーン広告に登場するなど先進的だ。彼らは近頃欧米でメインストリーム化しつつある、広告に体毛の生えたモデルを起用する流れの先駆けであったといっても過言ではないだろう。
「まだ見ぬ、私たちが欲しい広告」 を考える特集「AD, Not Found」の第一段では、出演側と制作側の両者の視点からHIGH(er) magazine編集長/株式会社HUG取締役のharu.に話を聞いた。そして今回インタビューしたのが、NEUTはニューヨーク在住の、BillieのクリエイティブディレクターNoemie Le Coz(ノエミ・レ・コズ、以下ノエミ)。脱毛製品を扱うにも関わらず「脱毛は個人の選択」と堂々と言い切る独自のスタンスはどのようにして生まれたのか。クリエイティブディレクターの視点を交えつつノエミは話してくれた。
“女性もの”だと値段が高く、体毛が写った広告は100年の間なかった
Billieを立ち上げたのは大手企業の広告キャンペーン作りを9年間にわたり携わってきた女性ジョージーナ・ゴーリーと、ドイツ銀行の副社長をしていた男性ジェーソン・ブルーマン。そんなキャリア持つ起業家の二人から、ブランドのビジュアル面を担当して欲しいと声がかかったのが、ニューヨークでフリーランスとして働くようになったグラフィックデザイナーのノエミだった。
予算がないなか、協力してローンチまで手を尽くした期間はとても大変だったけれど高揚感があった。今まで自分が影響を受けてきたインクルーシブさ、ダイバーシティ、「完璧でないことを受け入れる」というコンセプトを参考に世界観を繊細に作っていったんだ。
彼らのブランドは、脱毛製品に関する膨大な市場調査やユーザーのモニタリング期間を経て誕生している。そこでみえてきたのが脱毛製品に限らず、女性向けに作られたもののほうが男性向けのものより価格が高い傾向にある事実。これは女性をターゲットにした製品がピンク色をしていることにちなみ、「ピンクタックス」(ピンクの税金)と呼ばれ、近年欧米では批判の的となっている。Billieはまず、ピンクタックスのかかっていない製品を作り、日々のシェービングの時間を、少しでも楽しいものにすることを目指し、90年代を彷彿とさせるポップな雰囲気のブランドとして始まった。
膨大なリサーチを行っていたとき、こんな事実を彼らは知った。100年分の脱毛製品の広告を遡ってみると、体毛が写されているものが見事に一つもなかったのだ。
これまで100年にわたってシェーバーの広告は、毛の生えていない足を剃っているものばかりだった。脱毛製品の宣伝において体毛は存在してはならないものとされていた。でもシェーバーのブランドが体毛の存在を認めないのは、「体毛が生えていることは恥ずかしい」と伝えているのと同じです。
「体毛があることは恥ずかしい」という価値観を押しつけてきたといっても過言でない広告を作ってきた脱毛製品業界に強い問題意識を持ち、同業界のブランドとしてBillieは「脱毛することは個人の選択である」という考えを発信することが自分たちの責任と感じたと創業者のジョージーナ話す。その思想は同社を有名にした「Project Body Hair」というキャンペーンを通し、その後発信されることになる。
またBillieの説明を少々付け加えると、脱毛をしない選択をした人にも、ビーガンでありグルテンフリー、GMOフリー、低刺激性のボディローションやボディウォッシュの選択肢を提供している。
社会が「体毛を受け入れられるタイミング」でのキャンペーンのローンチ
オーストラリアのメルボルン出身のノエミは、地元の小さなデザインスタジオで3年間働いた後、ニューヨークでフリーランスのデザイナーとしてキャリアをスタートさせた。誰にとってもアクセサブルで、何かの助けとなるようなデザインを制作することをやりがいだと感じ、社会にとって何か意味のあることをしようと試みるクライアントと数多く組んできた。それは彼女にとっても、感情的に得られるものが大きいからだ。
現在彼女が暮らしているニューヨークは、まさに“新しいブランドのるつぼ”で、これまでタブーだとされてきたトピックに風穴を開けるような事業が続々と立ち上げられていることで知られる。女性向けのセックストイや、生理のときにナプキンやタンポンなしでも履ける下着などを展開する企業が、10年前にはオープンに話されることのなかった事柄に対する会話のきっかけとしての役割を果たしているのだ。広告に関してもそうであり、女性のエンパワーメントを目指したムーブメントなど社会に対する主張が多くなされている場所である。
そんな先端を行く街ニューヨークを拠点に、打ち出し方を模索しながら温めていた「Project Body Hair」は、社会の動きとぴったりと合ったタイミングでローンチした。2018年6月のことだ。
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ビジネスとしてはいうまでもなくリスクがあるものの、この「体毛を剃るかどうかは選択。剃ることを選んだ人のために私たちがいるよ」と伝える同キャンペーンは、fuzz(産毛)をキーワードに制作された。
キャンペーン動画では「Let’s make the internet fuzzer」(インターネットをもっとふわふわでけばけばにしよう)というフレーズを使い、ポンポンや靴下、セーター、カールした髪の子に、手入れされず奇妙に伸びきった植物で埋め尽くされた家をメタファーとして使用している。制作時ノエミは、予算が限られているからこそ、どうしたら自分たちの発信したいメッセージを視覚的に見せられるのか、考えに考えたという。このようなキャンペーンのビジュアル制作において常に困難をきたしたのは、マスの消費者にメッセージを届けるための表現のバランスの取り方だった。
全米が理解できるくらい誰にとってもアクセサブルであって、憧れを抱いてもらうのに十分なクールさとニッチさも持ち合わせているか。上から下に提供しているのではなく、見る人が親しみが持てて感情的につながりを感じられるものか。アイコニックで、一番上のレイヤーには「今までとは何かが違う」と思わせる表現があるといい。
そんなノエミの試行錯誤によって出来上がったBillieのビジュアルは、90年代を彷彿とさせるポップさを持ちつつ、既存の脱毛製品の広告ビジュアルでは見られなかったあらゆる人種や肌の色、体型のモデルを起用することで、多くの人が共感できるものとなった。
Billieは幸運なことに、同キャンペーンのローンチに合わせニューヨークのタイムズスクエアの巨大なスクリーンに街頭広告を出すチャンスを得る。今までにないクールなメッセージを掲げるスタートアップ企業に24時間の間広告を出す権利を譲渡する取り組みを行う、知り合いから連絡を受けたのだ。実際にタイムズスクエアに広告を出し、その後ブルックリン区にある地下鉄の駅に広告を張り巡らすキャンペーンも行った。
総合的に信じられないくらいの肯定的な反応をもらった。やり方によってはやりすぎとみられて理解してもらえなかったり、もっと否定的な反応を受けたりする可能性もあったと思うけど、キャンペーンはちょうどいいタイミングで、みんながそれを見る準備ができていたんだと思う。
「この広告を制作してくれて本当にありがとう」。「あなたは純粋に私を救ってくれた」。インスタグラムを通して、彼女はこのようなメッセージを多く受け取っている。デザインの仕事を始めてから、これほど嬉しいメッセージをもらったことはなかったとノエミは目を潤めながら話していた。これはメッセージの受け手である消費者を理解し、アウトプットを熟考した末に得たものだ。
商品のプロモーションは、社会変革の機会
デザイナーなどクリエイティブなことを通して何かをしようとする人たちの力は大きいと信じている。それからブランドが商品を売るだけでなく、企業の理念を商品を出す際のプロモーションの機会を使って発信し、会話を生み出すことでできることって大きいと思う。
ノエミは、インタビューの締めくくりにこんな発言をしていた。一生付き合っていかなければならない自分の「体」にまつわる商品の宣伝において、たとえば(生えるのが自然な)体毛が生えていても、どんな体型であっても自分を受け入れていいと思わせるなど、ポジティブに作用するメッセージを伝えることは非常に重要だ。それが誰かの考え方に及ぼす影響は決して微々たるものではないことを自覚し、どうアプローチするか考えて作られた広告が私たちの目にするところにも、もっと自然に増えていって欲しい。
Noemie Le Coz
ニューヨークを拠点とするオーストラリア出身のインディペンデントデザイナー。彼女のデザインの特徴はミニマリズムと独特な遊び心が融合された、多彩な美学を用いたアプローチ。ブランドの核の部分を蒸留し、メッセージを明確で新鮮なビジュアルに落とし込むことを得意とする。