アメリカでは、肥満が社会問題となり、国を挙げて「健康的な食生活」が推奨されている。ところが経済的に貧しい都会の人々は、割高な有機野菜やホールグレインといった食材には未だ縁遠く、健康な食生活へシフトしようという潮流から取り残されているのが現状だ。
そんな食の格差や、さらには地域の貧困や犯罪までを「オーガニックな畑」を軸に解決する団体「ビレッジ・ガーデンズ」をポートランドで見つけた。
彼らの取り組みから、「食の格差の拡大」「孤食の増加」「食生活の乱れ」などの日本の食にまつわる問題を解決するためのヒントをもらえたような気がした。
警察への通報も減少。コミュニティを育てた野菜畑
オレゴン州ポートランドは、全米でもグルメタウンとして知られる地産地消ムーブメントの中心地だ。また「全米一住みたい街」に選ばれるほど人気の街でもある。ところが、世界各地から人々が移住してくることで地価や物価が上がり、昔からこの地域に住んでいた人々が、これまでの暮らしを続けられないという弊害も生まれている。いわゆる「ジェントリフィケーション」という現象だ。
ポートランドの北部は昔から有色人種の労働者の多い地域だが、彼らは白人富裕層の流入により、市外や市が住宅行政の一環として建設した家賃の安い「アフォーダブル住宅」へと引っ越さざるをえなくなった。
今回取り上げる「ビレッジ・ガーデンズ」は2001年、ポートランド北部のアフォーダブル住宅コミュニティ「セント・ジョーンズ」のニーズを受け、共用の野菜畑を設けたことから始まった。日々の食材を得るために家庭菜園をしたいものの、庭やベランダがなかったり、水の費用を賄えないため諦めていた人たちが、ビレッジ・ガーデンズの畑に集まり、野菜作りを始めたのだ。
住民たちが畑に足繁く通うようになったことで、思いがけないメリットもあった。野菜作りを通して近隣住民がお互いの顔を知り、コミュニティ内の交流が生まれたのだ。これが犯罪抑制にも貢献。セント・ジョーンズは、比較的犯罪率の高い地区だったが、畑ができてからたった半年で警察への通報が減少した。
この成果を受けて、ビレッジ・ガーデンズはプロジェクトを徐々に拡大し、現在はセント・ジョーンズ近隣の2つのアフォーダブル住宅コミュニティにも同様の共用菜園を設置。また、果樹園、養鶏施設、有機農園で若者を雇用するプロジェクト、そしてコミュニティ内にスーパーやファーマーズマーケットも運営している。
今回Be inspired!は、これらのプロジェクト全てを統括するビレッジ・ガーデンズのプログラム・ディレクター、クリス・ソエブロトさんに、現在プロジェクトの中心になっているニューコロンビア・コミュニティを案内してもらい、彼女の思想「フードジャスティス」についても教えてもらった。
野菜が人をつなぐコミュニティのハブ
ニューコロンビア・コミュニティの人口は約3000人。うち、半分が18歳以下という子供や若者の多いエリアだ。また、移民や難民の多い地域で、22の国籍、17言語が存在するという。
まず訪ねたのは、夏になるといつもコミュニティのメンバーで賑わっているというコミュニティの共用菜園「シーズ・オブ・ハーモニー」。近隣住人は週に8時間のボランティア作業と引き換えに、家族単位で自分たちの畑を得ることができる。近くの学校の生徒が世話をする子供用のエリアも設けられている。まだ春先だということもあり、雑草が生えたままのロットの中に植え付けを待ち兼ねるように綺麗に手入れされたロットが混じっていた。
キューバからの移民で耳が聞こえない常連のロドルフォさん。そのため彼は手話でみんなとコミュニケーションを取るのだが、そのジェスチャーは彼が「勝手に作ったユニークな手話」だという。畑づくりに詳しい彼の手助けを得るために、コミュニティの仲間は彼の“言語“を学ばなければいけない。諦めそうな人もいそうだが、英語を母国語としない人たちが多いこの場所では、みんな自然に彼の言葉で”話し合う”ようになり、ジェスチャーこそがお互いを理解し合うための最善の手段だそうだ。
Photo by Kris Soebroto
様々な経済状況、容姿や文化的背景を持つ人が集まる場所では、人々は偏見を抱きがちだ。けれど、この畑で出会い、それぞれの故郷の珍しい野菜を紹介しあったり、家族や文化について教えて、学んだりすることで、色眼鏡で見ずに“普通の仲間”としての意識が育つのだという。そして、強い絆で結ばれたコミュニティの人々が、平和な街を作っていくのだ。
コミュニティの食育にも寄与する「ビレッジ・マーケット」
次にビレッジ・ガーデンズが経営するスーパーマーケット「ビレッジ・マーケット」を訪ねた。マーケットのスタッフは、全員コミュニティのメンバーだ。このスーパーは、近くに他の店が無いことや、金銭的な理由からジャンクフードに走りがちなコミュニティの住人に健康的な食材を提供する役割を担っている。このマーケットは、普通のスーパーマーケットと異なる点が4つ存在する。
まず1つ目は、コミュニティの要望を受けて、本来なら最も利益の上がるアルコール、タバコ、宝くじの3点は扱っていないこと。
そして2つ目は、食育の観点から消費者ができるだけジャンクフードを選ばないように工夫がされていること。例えば、通常のスーパーにあるようなスナック菓子やキャンディ、ソーダなどを扱っているが、スナック菓子のすぐ横にはドライフルーツやナッツ、シリアルバー、オーガニック野菜チップスといったヘルシースナックが置かれている。しかし、本来割高のヘルシーな食品が、この店では“30%オフ”で買うことができるのだ。また、キャンディはコンビニのタバコのようにレジの奥にあるので、店員に取ってもらわないと買えない、精神的に「買いにくい」と思わせる仕掛けが隠れている。
そして3つ目は、夏場はビレッジ・ガーデンズが若者を雇用して経営する農園「フードワークス」の有機野菜を販売・提供していること。まさに地産地消だ。店内には敢えて馴染みのない旬の野菜を使ったスープやサンドイッチを販売している。そして、その珍しい野菜を使った食品やレシピを用いてコミュニティに紹介もしている。
最後4つ目は、子供たちが通学中や下校時に立ち寄ってフリーで食べることができるりんごやバナナ、オレンジなどの果物が置いてある棚もあること。
総じて、近隣住人が互いにヘルシーな選択をするように促すようなコミュニティのハブになっているのだ。
クリスさんがある日お店を訪れると、学校帰りらしい9歳の男の子たちが、レジで小銭を出し合い数えていたという。「何を買いたいの?」と声をかけると、「ぶどうを一袋」との答え。少しおまけしてぶどうを渡すと、みんなで近くの公園の噴水の前で競うようにぶどうを食べ始めたという。何気ないエピソードのようだが、この地域の子供達が、おやつとして自らスナック菓子やキャンディではなく果物を選んだことは、クリスさんに大きな感動を与えた。
9歳児が小銭を出し合って、ぶどうをスナックとして買ったのよ!
彼女はビレッジ・ガーデンズが「フード・ジャスティス*1」になってきていると確信した瞬間だったという。
(*1)フード・ジャスティスとは、低所得だという理由で健康的な食材を選べないという状況の解決方法
若者も育てる農園の雇用プログラム
ビレッジ・ガーデンズのコミュニティ菜園、マーケットに並ぶもう1つの大きな柱が、「フード・ワークス」という14歳から21歳までの経済的に恵まれないコミュニティの若者を約1ヘクタールの有機農園で雇用するプログラムだ。この農園で作る野菜は、前述のビレッジ・マーケットはもちろん、市内のファーマーズマーケットやオーガニックスーパー、提携者に前払いで作物を定期宅配するCSA(Community Supported Agriculture)などで販売され、ビレッジ・ガーデンズの経費の1/4程度を賄っているという。
「フード・ワークス」には学期内の放課後と土曜日、もしくは夏休み期間という2種類の雇用プログラムがあり、毎年30人の若者が参加している。先生が指示を出す学校のような環境とは違い、ここでは若者自らが主となり、農園を運営しなければならない。 例えば畑に何を植えるべきか、ワークショップの開催テーマや運営方法、夏場の共同ランチのメニュー、誰を採用するかなどが若きリーダーを中心に協議決断される。彼らはボランティアではないため、責任を持って職務を全うすることが期待されているのだ。
1年ごとの契約だが、複数年に渡って働く若者の多くが、リーダーとしてのプライドを持って自らに高い水準を課すという。そして、ロールモデルとしてコミュニティ、学校や家庭までにもポジティブな影響を与えるようになるそうだ。これまでの参加メンバーの中には、農場で身につけたリーダーシップやスキルが認められて奨学金を取得し、大学に進学していく子も多いという。
お腹も心も満たされるコミュニティ作りのために
クリスさんは、「ビレッジ・ガーデンズが、これからも長く継続するサステナブルなビジネスモデルとして大事なのは、より多くの人が健康的な食材を選ぶようになること」だという。コミュニティで作った食材をみんなが求めるようになれば、農園の利益も上がり、より多くの若者が働けるようになる。また、コミュニティもより強く結ばれ、農園をサポートするようになるだろう。つまり、ビレッジ・ガーデンズがミッションとするフードジャスティスが進めば進むほど、プロジェクト自体もより良く機能していくということだ。
日本では、ますます共働きの家庭が増え、孤食や食生活の乱れが指摘されている。また、健康的な食材など選べない子供の貧困も社会的問題になっている。そんな地域に、有機野菜を近隣住人が共に作り、シェアできるコミュニティのハブのような菜園やお店があればどうだろうか。
若者たちは、テレビゲームやパソコン、SNSなどから一旦離れて、早朝や放課後、コミュニティの活動を通して農園で土に触れ、汗を流し、自らの食材が育つ過程を知ることができる。独りでテレビの前で食事を取る代わりに、近所の誰かと同じ食材を使って料理をしたり、食事を共にすれば、心も満たされるはず。また、仲間と呼べる相手と出会い、自分が認められる学校以外の居場所を確保できるかもしれない。
住民たちは、きっと生活レベルや環境に関わらず、「オーガニックの畑」を通して交流できるはずだ。国籍や人種、言語を超えて交流できる例があるのだから。お腹も心も満たされる場所があれば、きっとお互いを思いやれる子供たちとコミュニティが育っていくに違いない。
※こちらはBe inspired!に掲載された記事です。2018年10月1日にBe inspired!はリニューアルし、NEUTになりました。