漁師からアーティストに。“限られた武器で戦う”強さ。松原光 x WORDS Gallery対談

2021.12.21

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環境問題をコンセプトに掲げたオンラインギャラリー「WORDS Gallery(ワーズギャラリー)」が、2021年6月より始動した。これまで「#01 “Climate Crisis”(気候危機)」「#02 “Biodiversity”(生物多様性)」「#03 “Plastic Ocean”(海洋汚染)」と3回にわけて展示を開催。この記事シリーズでは、各展示から一人アーティストを招いて、ギャラリーオーナー・吉本翔が対談。作品づくりの裏話や、ギャラリーオーナーならではの視点からアーティストの思想に迫る。
▶︎#00 吉本翔のインタビュー
▶︎#01 “Climate Crisis” 小磯竜也との対談記事
▶︎#02 “Biodiversity” 花梨との対談記事

 2021年6月に始動した環境問題をコンセプトに掲げたオンラインギャラリー「WORDS Gallery(ワーズギャラリー)」。11月にオンラインで公開された、Exhibition #03 “Plastic Ocean”では「プラスチックゴミによる海洋汚染」をテーマに、日本と香港、台湾のアーティスト4名が参加した。そのうちの一人、グラフィックアーティストである松原光(まつばら ひかる)とギャラリーオーナーである吉本翔が対談。松原は今年、ファッションブランドとサステナビリティをテーマにコラボを行ったこともあり、自身の環境問題との関わりについてや漁師を経てアーティストになった経緯などを交えて、自身の人生と作品に共通する信念について話した。

いかに知らない立場からの視点を提供できるか

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松原光

吉本:今年は時期を同じくして、海洋汚染をテーマにしたWORDS Galleryでの作品制作と、アパレルブランド・LACOSTE(ラコステ)の古着再生プロジェクトに参加してますよね。LACOSTEのほうはどんな感じの内容だったんですか?

松原:LACOSTEの古着や製造工程で出たB品にアートを吹き込むことで再生させる、というプロジェクトで。僕とマリエさん(モデル・タレントを経て現在、デザイナー・企業家として活動)が起用されました。マリエさんは服を染色やパッチワークにするなど、一度全てをバラして再構築するような形。僕は自分の作品をシルクスクリーンでB品の上にオーバープリントするという形でした。

吉本:マリエさんは環境問題への取り組みや理解が非常に深いですよね。

松原:そうですね、そんななかで僕はSDGsという言葉を聞いたことがあるぐらいで、全然詳しくなかったので、立ち位置的には環境問題に対して分からないなりにどうすればよいかを考える、という役割でしたね。

吉本:LACOSTEが制作した動画のインタビューを見ましたけど、「SDGsってあまりみんなも知らないと思うんですけど」って松原くんが話してたら、「いや、みんな知ってますよ」って周りから突っ込まれてましたね(笑)。

松原:でも実際、まだまだ多くの人が詳しくは知らないと思うんですよね。特に地元(神戸在住)の僕の周りの人たちはあまり分かってないですよ。東京でバリバリ仕事をしていて、ファッション業界の人たちだからそう感じると思うんですけど、僕らみたいな末端の人間は詳しく知らない人もまだまだ多いですよ(笑)。

吉本:WORDS Galleryでは参加してもらうアーティストを選ぶときに、環境問題に興味あるかどうかは全然基準にしていなくて。むしろ、アートを通じて社会問題に対しての感受性や想像力を養ってもらうなら、いろんな視点があったほうがいいから、関心があった人、なかった人、もしくはメディアが煽動する環境問題提起に疑念を抱く人まで、そういったさまざまな考えを持つアーティストに参加してもらおうと構成してますね。松原くんは今まで触れてこなかったコンセプトで作品を制作するというのはどうでした?

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松原光 / Plastic Waste (2021)

松原:いかに分かりやすくするか、ってことですよね。知らないからこそ、説明なしでも伝えられる表現が僕にはできるわけで。ただ、それは普段から心がけている自分のスタイルと基本同じなので、いつもと変わらず取り組めましたね。僕は素材や調味料が用意されていて、それを料理するほうが得意なんです。そもそも何の素材を買ってこようかって、ゼロからやるのは苦手で。今回のWORDS Galleryのように与えられたものに打ち返すほうが楽しい部分もあるんですよね。

吉本:まさに。松原くんはきっと今回のようなコンセプトを前提とする作品制作に長けているんだと感じました。鎌倉で開催したオフラインのギャラリーでの展示では、Exhibition #01〜03の全作品のうち、松原くんの作品はどんな人にも広く突き刺さっている印象でしたね。アートや環境問題に関心があるかどうかは関係なく、届いていた。その逆で、説明しないと理解しにくいけど、説明すると「なるほど、深い!」と感動される作品もあって。どっちが良い悪いじゃなく、両方が必要だと思いますね。

松原:そうですよね、僕はいかに知らない立場からの視点を提供できるかを考えていました。実際に今回参加させてもらって、自分の生活のなかでできる当たり前だったかもしれないことを、意識するようになりました。近所のスーパーに行くと周りの人は今でも普通にレジ袋もらってますし。でも、自分が詳しくないコンセプトを与えられてやるほうが、同じ目線でより多くの人に伝えることができるから、むしろ、やりがいがありますね。

スタイルは模倣はしながらも、自分だけのオリジナルなものを足して生み出す

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松原光 / Danger (2021)

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松原光 / 7泊8日(2021)

吉本:伝わること、というのが松原くんのなかでは大きく意識されているように感じますが、そうするとそこに至るまでの経緯が気になりますね。そもそも漁師からアーティストになったという奇妙な経歴について聞きたい(笑)。

松原:大学でスペイン語を専攻していて、就活ではそれを活かすべく商社などを狙っていたんですが、就職氷河期で内定が一つももらえなくて。そうしたら卒業も近い時期に、所属していたフットサルチームで漁師をやっていた先輩が、家庭の都合で漁師を辞めるから「俺の代わりにやる?」と誘ってくれて。

それで、就職浪人するのもあれだし、体を動かすのも好きなので、漁師を始めてみました。毎日2時に起きて3時に出港し、9時には帰ってくる生活で。全然、楽しくやっていたんですが、魚の臭いが体に染みつくんですよね。ごはんを口に運ぶときに手から魚のニオイが漂ってくるんです。それがどうにも耐えられずに、一年弱で辞めてしまいまして。

吉本:てっきり何か表現したいことがあって、俺はアーティストになってやるって思い切って転身したのかと思ってました(笑)。

松原:全然、そのころは何がやりたいのかもみつかっておらず…。それでそこからフリーター生活で、とにかく何かを見つけるために、寿司屋、エクセルの入力業務スタッフ、プールの監視員、ガソリンスタンド、引越し、銭湯やビル清掃などなど…。

吉本:めちゃくちゃいろいろやってる(笑)。

松原:で、あっという間に25歳になって、このままではダメだと。それで改めて自分の好きなものを洗い出したら、サッカー、犬、そして美術館とかに行くのは好きだったので、アートやデザインに絞られたんですよ。ただ、サッカーはプレイヤーとしてやりたかった夢があったので、裏方は違うかな、と。犬はブリーダーとかを考えたけど、自分の犬は大好きでも人の犬の命を預かるのはまた違う覚悟がいるな、と。それで残ったのがアートやデザインでした。

吉本:ここで始めてアートが出てくる、と。

松原:とはいえ、何も分からないからとりあえず学校に入ってみようと。芸大とかデザインの専門学校を受けたんですけど、それに向けての勉強してないから全て落ちますよね(笑)。そこから1年間さらに受験勉強をするのも微妙だなと思って、とりあえず自分でやり始めたんですよね。

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初期の線画作品

吉本:その経緯とスタート地点で今のように活躍してるってすごいですね。今、松原くんと同じ土俵で活躍されている周りのアーティストはもっと早くから何かしらアートに関わっていたり、芸大や専門学校を出てたりと、多かれ少なかれ関連するバックグラウンドがある人たちばかりなのに。そこからどうやってそこまでに?

松原:やり始めたのはいいものも本当に何も描けないんで、最初は長場雄(ながば ゆう)さんのマネをしてました。線の数も少ないシンプルな絵なら自分でもできるかもっていう完全な勘違いなんですけど(笑)。でも、できること、描けるものを描こうと。それをTumblrにアップしたり、アートフェアに出展したりし始めました。

ただ段々、友達とかが「松っちゃんのTシャツが売ってるのを街で見たよ」とか「本の表紙になってるの見たよ」って写真を送ってくれるようになったんですけど、それが全部長場雄さんので(笑)。これはマズい、と。このままだと二番煎じをやるだけになるから、今度は長場雄さんから離れようとして、色を使い始めるんです。だけど、画力がないのは変わりないので、シンプルな丸・三角・四角を使って、色面と線画を組み合わせて描ける範囲のなかで工夫をするんです。

吉本:とにかく、自分のできることのなかで試行錯誤していくって感じですね。

松原:そうすると、標識とかアイコンのシンプルな形にたどり着いたんです。大好きなグラフィックデザイナー、福田繁雄さんのように一目みてパッと伝えることができるビジュアルコミュニケーションということを意識し始めました。シンプルだけどユーモアで深みを出していくことを目指し、スタイルは模倣はしながらも、自分だけのオリジナルなものを足して生み出すようになっていくんです。

限られたフィールドで戦う強さ

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色面と線画

吉本:そこから今のグラフィックに線画を重ねたようなレイヤーのある作風になっていくんですね。そして、松原くんオリジナルの「ダブった目」を描くようになったのも、KAWSなどに影響を受けて生み出したと思うんですが、それもスタイルは模倣しながらオリジナルなものを作ろう、というのに繋がるんですね。ある意味、松原さんのやってきていることって、いろんな人が取り入れるべき要素がめちゃくちゃある気がする。特別なことができる才能やバックグラウンドがなくても、自分の限られた武器のなかで、いかにそれを組み合わせて戦っていくか。自分の人生の選択もそうだし、作品制作もそう。シンプルにできることのなかだけでやろうとするから、成功までの道筋も分かりやすいのかも。そしてその作品も、誰にでもスッと入ってきやすいんですね。

松原:そうですね。例えば「音楽」だったらパッと誰もが思い浮かぶ、あの「音符のマーク」がありますよね。その共通認識を使うことが一番話が早いんですよね。全く新しい音楽のマークを生み出すんじゃなくて、その「音符」という共通認識のうえに自分の何かを足していくっていうことをやってます。

吉本:アートって結構全く思ってもなかった視点を与えたり、こいつの頭の中どうなっちゃってるの?っていう想像を超えるような衝撃をもらうことが醍醐味だったりもするけど、それとは違う。

松原:ちょっと足してズラすことで違うものを生み出すという感じです。ありもののうえでやっているんで、ズルいっちゃズルいんですけどね。

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オリジナルの「目」を模索した作品

吉本:でもそれも非常に重要な存在っていうのが、今回WORDS Galleryの展示でも痛感しました。その立ち位置だからこそ届けられる相手がいて。環境問題を知らない立場の人が、環境問題という限られたフィールドのなかで制作したからこそ、突き刺せる表現ができたわけで。限られたフィールドで戦う強さを持っているアーティストですね。変に背伸びせずに、そのなかで戦うという認識がまずしっかりできている。そして、そこからどうひと工夫するかというバランス感覚が凄い。

松原:アートやデザインの専門学校とか芸大を全く通ってきていないので、とにかくいろんなアーティストのことを見て吸収しようとしたり、その人たちと自分を比べてきたので、客観的に自分のことが見えるのかもしれないです。

吉本:それって、冒頭で話したLACOSTEの動画インタビューのことに繋がりますね。「SDGsはもう今みんな知っていますよ」っていう東京のファッション業界の人と、松原くんの地元では知らない人もまだまだ多いっていう話で、やっぱり人や立場によって見えてる景色や入ってくる情報も違うっていうことを意識しないとですね。自分も環境問題に関心があって、SNSのタイムラインを見れば環境問題は当たり前に理解されている世界だと誤認しがち。それに芸術も今ちょっとしたアートバブルがきていて、みんな興味を持っているだろうと思いがちだけど、まだまだそれは小さな世界でのことだろう、と。自分の世界とは違う人たちに、環境問題もアートもどうアプローチするのかも考えるには重要な視点で。

松原:そう、だから僕は、作品を通してより多くの人にどう伝えられるかを追究しています。自己表現したいというよりは、伝わって理解をする手助けになりたいなと。文脈や歴史や背景を知らなくても、一発で伝わる分かりやすさを一番大事にしています。

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松原光(まつばらひかる)

1988年生まれ。漁師などを経て、独学でアーティスト活動を始める。最小限の要素を最大化させるスタイルで、グラフィカルな形とシンプルな線に、少しのユーモアを交えた表現をする。「UNKOWN ASIA 2018」にてJeon Woochi賞、池田誠審査員賞を受賞。POPEYEや文藝春秋の表紙、BEAMS、JOURNAL STANDARD FUNITURE、LACOSTE、GEORGIAなど、さまざまなブランドに作品を提供。
Website / Instagram

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吉本翔(よしもと しょう)

大学卒業後、大手音楽レーベルに入社。その後、IT企業に身を置きながら、バンドtricotのマネジメントやレーベル業を手伝う。2016年に独立し、自身のレーベルである「WORDS Recordings」を立ち上げ、2021年6月より、オンラインギャラリー「WORDS Gallery」をスタートする。
Twitter / Instagram

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WORDS Gallery

WORDS Galleryは、社会問題(当面は環境問題)をコンセプトにした作品を、オンラインギャラリー起点にて発表。アートから現実を想像し享受することのできる、鋭敏な感受性を与えることを目指す。
Website / Instagram

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